カードマニュピレーション 7
4、衣装、小道具、演技を高級化する
私は、手妻を復活させるときに最も心を砕いたのはこの点でした。多くの人に、手妻を再発見してもらうには、手妻が高級でなくてはいけない。と考えました。
それは、かつてのマジシャンの演じる手妻は、道具があまりに安っぽく、衣装も浅草の大衆演劇の衣装屋さんあたりで買ってきたような粗末ななりで演技をしていたのです。
別段アマチュアがそうした格好で演技をすることは何ら問題はないのですが、この社会の頭となるような人がそれで活動をしていると言うのは恥ずかしいことです。
師匠が粗末な小道具を使っていれば、弟子も同じように粗末な道具に慣れて行きます。一つの社会のリーダーとなるような人は最高のものを持って演技しなければいけません。それそのものが指針とならなければならないのです。
舞台の緞帳が開いた時点で、既に並んでいる道具の数々が明らかに高級感があって、その前後のマジシャンとは明確に違った雰囲気を作り出していなければ手妻は再評価されない。私はそう考えていました。
見るからに安っぽいなりで、知性のない話しをしながら手妻をしていたのでは、アッパーミドルクラス以上の生活をしているお客様に手妻を注目してもらうことは不可能なのです。
実際私の子供のころの手妻師はあまりに恵まれない生活をしている方々が多かったのです。仕事場がどんどん悪くなってゆく過程で、それに合わせて演技も道具も粗末なものになって行きました。どんどん身幅を狭めて生きて行ったのです。そうした姿を思春期を迎えたころの私が見たときには、何とも夢のない人たちに見えました。
どんなマジシャンにも自分が思い描いていた夢の世界と言うものがあるはずです。それを一生かけて実現させることがプロの仕事のはずですが、どこかで折り合いをつけて小さく、安っぽいものに仕上げて生きて行ってしまってはそのマジシャン、その社会は死滅して行きます。
言うは易きことですが、夢を実現させると言うことは、とんでもない費用のかかることであり、マジシャン一人が全ての負担を背負って生きて行くことは簡単ではありません。
夢の実現を考えないで、種仕掛けだけ復活させて、手作りでベニヤやガムテープをくっつけて道具を作って演じても、お客様が見たなら、「何だ、手妻ってちゃちな芸能だな」、と思い、二度と興味を示してはくれないでしょう。自身が人生をかけて残そうとする芸能なら最高の道具、最高の衣装を用いるべきなのです。
話をカードマニュピレーションに置き換えて見ましょう。カードマニュピレーションは大した道具も使いませんから、手妻のようには費用をかける必要もないとは思いますが、それでもテーブル、衣装は最高のものを使うべきです。
例えばステッキを持って出て来るなら、ステッキのキャップくらいは細工師に注文して、銀細工製、蔦の絡まるデザインなどを浮き出しした、オリジナルキャップを持つべきです、間違ってもプラスチックのキャップをして出て来てはいけません。
そうすれば、あなたは、舞台に現れた瞬間、明らかに他のマジシャンとは違うと言うイメージを植え付けることが出来ます。こう言うと、「芸は物ではない、中身だ」。と言う人があります。そうです。でも確実に言えることは、レベルの高い芸能を有している人はすべて最高の持ち物を持っています。
マジシャンは、テーブルの持ち運びを簡易にするために、プラスチック製のワゴンに布地を張って、それをテーブルにして済ませる人がありますが、アマチュアならそれでも結構ですが、その道に人生をかけているプロが絶対にそれをやってはいけません。
「舞台でテーブルの裏を見せるわけじゃぁないからいいじゃないか」。と言い訳する人がありますが、楽屋にそうした道具が置いてある時点で、他のジャンルの芸能人が見たなら、三流芸人と見なされます。
どんなジャンルのプロでも、その道のトップなら最高の道具を使用しています。音楽家の楽器などは時として数億円もの楽器で演奏します。音楽家がみんな豊かな生活をして暮らしているわけではありません。然し、彼らはプロがどう生きなければいけないかを知っているのです。何億円かかろうと、そのことを厭う人はいないのです。
あなたの死後、芸能博物館（そんな博物館が出来るかどうか知りませんが）に、かつて有名だったあなたの写真とプロフィールとともに、道具が展示されて、それが最高の小道具であったなら、あなたは死後百年経っても尊敬を受けるのです。
そこにプラスチックのワゴンがあったなら、あなたの経歴は全て噓に見えるでしょう。
スライハンドを復活させ、カードマニュピレーションで隆盛を築きたいと考えているなら、最高のマジシャンになることです。最高のマジシャンとはどういう生活をする人なのか、実際実践して見せることです。安易に安物のマジシャンの道を選ばないことです。
このことは、小道具だけではありません。むしろ手順や演技こそ一流と呼ばれるにふさわしい技術を身に着けるべきです。技術崇拝型のマジシャンの欠点は、マジックの技術ばかりに目がゆき、他の技術を軽視することです。
そもそも、自分自身がしている手順が、本当に手順として成り立っているものなのか、もう一度精査すべきです。特にこの20年、スライハンドマジシャンは、ひたすらコンベンションばかりを対象にした手順を作っているように見えます。
それが本当にいいことなのかどうか。具体例を挙げるなら、カードを白い紙に変えて白い紙を出したり消したりしています。その白い紙と言うものが何なのか、観客に伝わっていますか。なぜカードを白い紙に変えなければならないのですか。どうも意味が良くわかりません。
カードがトランプであるから、お客様は出て来たもの何であるかを認識できますが、白い紙が何枚出て来ても何のことなのか考えてしまいます。何がしたいのか、どんな世界を表現したいのか、全く謎です。
スライハンドの世界はどんどん仲間内だけにしか通用しない世界に入り込んでいるように思えます。それでマジシャンが生きて行けるでしょうか。仕事が取れるでしょうか。私はスライハンドが逆行しているようにしか見えないのです。
明日はそこをもっと詳しく書きます。
続く
