手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

10月公演「摩訶不思議」

10月公演「摩訶不思議」

 

 さて、マジックマイスターが終わった後、来月25日に開催される私のリサイタル公演「摩訶不思議」のための手順つくり、道具つくりをしています。何しろ、今日であと一か月しかありません。

 私の演目は、大きく4つです。一部に洋服でロープマジックと脱出マジック。約15分。二部は冒頭に傘出しと蝶のたはむれまで合計15分。次に、峯の桜、10分。お終いに一里四方取り寄せの術、30分。合計で1時間15分の手順です。その間に、ナポレオンのボナ植木さん、ナイツさん、峯村健二さん、前田の演技があって、合計2時間の公演になります。

 

 傘や蝶に不安はありません。洋装の脱出も久々ではありますが、問題なくできます。一里四方も大丈夫です。問題は峰の桜です。これは初物です。

 昭和9年石田天海師が初代天勝師のために作った手順です。舞台で次々にたくさん桜の花びらを出すと言う演技で、天海師お得意のミリオンウォッチを改良して、華やかな手順に作り替えました。

 天勝師は、スライハンドが得意ではありませんでしたので、日本舞踊を演じる中で、次々に桜の花を咲かせると言う演技に作り替えました。結果としてこのやり方は、天勝師にとっては成功したと言えます。天勝師の出る舞台はどこも1000人も入るような大舞台ばかりでしたから、細かな技法よりも動きがあって、派手な演出の方が喜ばれたのです。

 但し、天勝亡き後は、大きなマジック一座は解散になり、これを演じるような大舞台もなくなり、いつしか峰の桜は忘れられてゆきました。

 私が峰の桜を知ったのは、ダーク大和師と仕事を一緒にしているときに、夜に一杯飲みながら師が、「まだ9つか10くらいの時に広島で天勝を見たんだ。その時に峰の桜をやってねぇ。桜の花びらが空中から出てくるたびに花びらが銀色に輝いて、キラキラして奇麗だったんだ。俺は子供だったから、ただただ奇麗だなぁ、と思って見ていたけども、50年経ってもあの時のマジックは忘れられないよ」。

 と言ったのです。その時私は22歳でした。人が50年経っても忘れられない芸とはどんなものなのか。ものすごい興味がわきました。

 その後、天勝が使ったと言う花びらを持っている人がいて、それを見せてもらいましたが、特別なものではなく、小判のような形をした鉄板にメッキがかかっていて、板の端を針金でつないで桜の花びらの形にしてあるものでした。

 正直、ダーク師が絶賛する演技の種がこれかと思うと、少々拍子抜けするものでした。大体戦前のマジックの道具と言うのは手作りで、今よりも材料が粗末なものが多く、期待外れが多いのですが、見ようによっては、これほど粗末な道具で、観客を感動させたのだから、天勝師の演技力は大したものだと思います。

 但し、技としてみると、バックパームはしないで、ただ手に握っているだけのものを、空中を掴むふりをしてパッと開いて見せる、と言ったもので、その花びらも掴んでくるときには、後ろを向いて、緞帳の絵柄の隙間から握り取って来ると言ったやり方だったようで、マジックと言うよりは、単なる舞踊劇の類で、今見たならマジックとは言い難いものと思います。

 

 私が峰の桜の改案を考えたのは40代の初めでした。もう20年以上も前のことです。いろいろ古典の改案をやり尽くして、そろそろ峰の桜かなぁ。と考えて着手しました。

 ところが、これが簡単ではありません。初めに言ったように、本来の手順は、マジックとは言えないような作品だったのです。それを、天海師のミリオンウォッチの手順に作り直せばそれでいいかと思っていたのですが、舞台一面桜で飾るには、桜の花びらを15枚や20枚出しただけでは足らないのです。そうなるとスライハンドの技法だけでは無理だと知りました。

 そこで装置物の工夫を考えて、足らない分は装置で補おうとしましたが、装置で花びらを出すと急に演技がつまらなくなります。一瞬にして桜の花びらが咲くような仕掛けを作ると、派手にはなりますが、あざとさが見えます。

 そこで頭を抱えてしまいました。案外大舞台でスライハンドを見せて、納得させると言うことは難しいことなのです。

 結局舞踊を取り入れて、芝居仕立てにして、花咲か爺さんを演じながら桜を咲かせてゆこうと考えたのが5年前です。しかしそこから前に進みません。道具も手順もストーリーも出来ていながら今一つ決断が出来ないのです。

 しかし昨年決断しました、もうこの先何かを待っていても私が発表する機会は無くなってしまうでしょう。まだ頭の中が緩やかにものが考えられて、体が動いて、資金面で何とかなる今でなければ新作はできないでしょう。

 そこで今年、さっそく、衣装の発注をして、小道具を作り始めて、犬の衣装も作って、音楽の作曲を依頼して、当日の演奏家も頼みました。衣装も音楽もまだできて来ませんが、出来たなら、振付師を頼んで、稽古を始めます。

 恐らく日程では、当日まで滑り込みの稽古になると思います。ぎりぎりの本番です。それでも、随分予算をかけて、気持ちも入っていますので、いいものが出来ると思います。

 私の人生の中でこんな日々が来ることは幸せです。毎日マジックにかかわって自分の考えを形にできることはなんと楽しいことかと思います。ご興味ございましたらどうぞお越しください。

続く

 

 「摩訶不思議」10月25日。座高円寺、18時開場18時30分開演。前売り、4000円。 当日4500円。東京イリュージョンまで。03-5378-2882