手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

百年に一度の怪物

百年に一度の怪物

 

 アメリカでは大谷翔平選手の人気が社会現象になっています。野球がアメリカの国技だった話は昔のことで、このところはバスケットボールや、フットボールに追い越され、野球は凋落の一途をたどっていました。

 そこへ大谷翔平選手がやってきて、ロサンゼルスエンジェルスに入団し、ガンガンホームランを打つようになって、アメリカ人は俄然野球に注目するようになりました。赤いシャツに背番号17番のシャツは、作っても作っても売り切れです。

 どこの町に行っても子供は赤いシャツを着て、大谷選手を話題にしています。球団の好みなんて関係ありません。彼らは取り立ててエンジェルスが好きなのではなく、大谷選手が好きなのです。

 なぜそこまでアメリカ中が大騒ぎをしているのか。それは簡単なことで、大谷選手は百年に一度の大物選手だからです。

 百年前のアメリカ球界の大物選手とは誰か、ベーブルースです。伝説の大物です。大谷選手はこのベーブルースの記録を次々と書き換えているのです。

 ベーブルースも大谷選手と同様に二刀流の選手で、ピッチャーとバッターの両方の技量を兼ね備えていました。アメリカではこうした選手は二度と出ないだろうと考えられていたのです。それが日本からやってきた選手があっさりと記録を書き換えたのですから大騒ぎです。

 世間が色めきだって注目するのは当然です。そもそもエンジェルスと言うのはおよそ人気のない球団で、集客力も低かったのですが、大谷選手の人気で、確実に試合ごとに1万人観客が増えています。たった一人の人気がチームを支えているのです。それはロサンゼルス市内に限ったことではなく、他の球団のスタジアムにエンジェルスが遠征して試合するときにも、大谷選手が来る、と言うだけで観客は激増します。アメリカ中が大谷選手を見たがっているのです。

 

 大谷選手の人気はその実力だけではありません。多くのスポーツ選手は、自身の過去や家族に、貧困や暴力、薬物など、恵まれない境遇を経験している人がいて、そこから逃れるべく、一獲千金のチャンスを狙ってスポーツ界に入って来る人が多いのです。それは世界的に同様のことで。スポーツの世界は弱い立場の人、底辺に暮らす人が一発逆転して成功するわずかなチャンスの場なのです。それは世間も認めていて、個々の選手の過去のことはあまり問わないのです。

 とはいうものの、余り子供に教育上宜しくない選手などがいると、積極的に親子して見に行くことはできないのです。

 それが大谷選手に関しては過去の暗さがないのです。また、金のために野球をしていると言う様子もないのです。

 アメリカに渡ったときに、ニューヨークヤンキースが、かなりの好条件で大谷選手を迎えようとしました。然し、彼は最終的にそれを断っています。

 なぜか、それは二刀流をやりたいからです。然し、この条件は名門ニューヨークヤンキースは飲めません。ピッチャーとバッターの両方を演じる選手などと言うのは、いわば草野球の選手です。ヤンキースには、ピッチャーもバッターも超一流が揃っているのです。彼らを休ませて大谷選手を両方で起用するなどと言うことは考えられないのです。

 結果、ヤンキースは交渉成立にはなりませんでした。対して、大谷選手を受け入れたのはエンジェルスでした。攻守ともに手薄なエンジェルスは願ってもないチャンスだったのです。それゆえ大谷選手はエンジェルスに入団しました。かくして大谷選手は、ヤンキースよりもはるかに低い契約金でエンジェルスに入団したのです。彼は金に興味はなかったのです。

 この時の大谷選手の判断は、アメリカ球界全体が首をかしげました。契約金も低く、知名度も低いエンジェルスに入団して、必要以上に体を酷使して、二刀流をしようとする大谷選手は狂っていると思われたのです。どう考えてもヤンキースに入って、打者として活躍したほうが収入的にも、体力的にも、将来的にも有利だったはずです。

 その結果は今の通りです。いまさらながら世間はヤンキースに対して「勿体ないことをした」。などと言っていますが、とんでもない、ヤンキースの判断は正常そのものです。

 

 この先二年後の契約書き換え時には、全球団が飛んでもない金額を提示して大谷選手と交渉を求めるでしょう。

 然し、どうでしょう。私は、大谷選手は、簡単に金額で球団を動かないのではないかと思います。

 まず、彼は貧困をばねにスポーツ界に入ったのではなく、金そのものの執着心があまりないようです。無論コマーシャルなどで、大きな収入を得てはいますが、それでも実力から比較すると、その稼ぎはそう過大なものではありません。

 むしろ彼には初めから、大リーグで果たしたい夢が明確にあるように思います。それが何かは私にはわかりませんが、目的が達成できるなら収入は二の次なのかもしれません。

 その欲のないところ、ガツガツしていないところがまたファンにはたまらない魅力なのでしょう。普段でも、小さな車に乗り、服にも金をかけず、マンションもおよそスターの住むマンションとは言えないような質素な部屋に住み、余った金で事業を起こし、利益を上げようなどとも考えていないようです。およそ金やぜいたくに興味がないのです。

 彼がしたいことはただ、ただ自分の野球なのでしょう。そうなると二年後の契約にもあまり興味がないのかも知れません。ヤンキースが飛んでもない契約料を提示して来たとしても、今の彼には大した興味ではないのかも知れません。

 今の大谷選手にすればヤンキースに入ると言うことが既に大リーグで活躍することの目標ではないのかも知れません。ヤンキースよりも彼の名声のほうがはるかに大きくなってしまったのですから。

 但し、毎回私が申し上げていることですが、もうそろそろピッチャーの活動は控えたほうがいいと思います。このままでは体がボロボロになってしまいます。

 自分がどこまでできるかを試したい気持ちは分かります。然し、人間のすることには限界があるのです。どうにもならなくなる前に、人生の方向転換をしたほうが良いと思います。マジシャンの言うことは聞いておいたほうがいいと思います。間違いありません。人気は浮気です。

続く