手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

差別といじめ

差別といじめ

 

 今回の東京オリンピックは、随分といろいろな事件が次々に起こります。今度は、オリンピックの音楽担当者の小山田圭吾さんが、子供のころ、障害者の同級生をいじめていたと言う事件が明らかになりました。

 障害者の同級生の体にガムテープを巻きつけて、身動きできないようにして、段ボール箱に閉じ込めたり、跳び箱の中に閉じ込めたり、性的ないたずらをしたり、うんこを食べさせたりしたことを、後に雑誌に面白半分に載せていたことで、かなり批判を集めています。

 雑誌の掲載は何十年も前のことで、当時から雑誌を読んだ読者が批判をしていたようです。

 それが最近になって、過去の雑誌記事の噂がネットで広がり、抗議の輪が広がったようですが、雑誌の掲載時も、また、その後のネットの騒ぎになってからも小山田さんからの謝罪はなく、考えを改めることもしなかったためにネットは一層炎上し、辞任要求の騒ぎになったようです。

 

 オリンピックがパラリンピックを同時にに開催している以上。身体障害者に危害を加える人が担当役員をすると言うのは問題外です。

 雑誌記事を読むと、日常、執拗にいじめを繰り返していたらしく、子供のいじめというレベルを超えて、抵抗のできない障害者に対して差別をし、虐待をしています。

 「40年以上経ったことだから時効だ」。と言えばその通りですが、だからと言って何事もなく見過ごすことはできません。内容が度を越して明らかに犯罪です。

 

 小山田さんをなぜオリンピック委員会がチェックをしなかったのか、と問う人がいますが、それは結果論です。大勢の役員の、子供の頃にまで遡って何もかも調べることなど実際にはできません。それよりも、事件が公になってからも、オリンピック委員会は、小山田さんをかばい立てするような行為に出て、話をうやむやに済ませようとしていました。このことの方が問題です。

 

 今月15日には問題が大きくなり、16日に小山田さんが謝罪していますが、その時点で、ことの顛末はオリンピック委員会も把握していたはずです。にもかかわらず、武藤敏郎オリンピックの事務総長が、開催間際だからと言う理由で、「当人も反省していますので、このまま続投します」。と言ったことは明らかに判断の間違いです。

 主催者はパラリンピック身体障害者のためにしている活動であることに認識がないのです。あまりに、障害者に対する配慮が欠けています。

 この事件で、フランスやイギリスの新聞が大きく問題として取り上げていました。当然のことです。日本のオリンピック関係者が障害者にたいしてあまりに鈍感なのです。

 鈍感なことは、マスコミも同様です。どこのテレビ局も、武藤事務局長が小山田さんの続投を決めたときに、「小山田さんは辞任すべきだ」。と言った局がありません。19日になって小山田さん自身が辞任するまで、武藤さんと同じく不問にしようとしていたのです。

 そうした点ではマスコミは武藤事務局長を責めることはできません。19日の辞任の時点ですら、この問題が、どれほど障害者を傷つける行為であったか、誰も障害者にたいして配慮しなかったのです。

 「昔のことだから許してやれ」。と言う人もあるでしょう。実際、40年も前のことで、未成年の時に犯した間違いを、40年経って責任を問われるのも行き過ぎだと言う見方はあります。

 然し、今回の件に関しては小山田さんのした行為は、子供のしたいたずらの域を超えています。障害者に対しての虐待です。また、小山田さんがその後、反省することなく、面白半分に雑誌に暴露していることが看過できません。

 その後きっちりした謝罪をして相手が納得しているならともかく、長い間全く反省もなく、今の今になって、わが身が危うくなってから初めて謝罪して、「この先被害者に合って償いをしたい」。などと言っても、全くその場しのぎの対応にしか見えません。自身のしたことに気付いていないのです。

 

 小山田さんが辞任したことは当然です。然し、今の今になってこのドタバタ劇はどうしたものか。開会式の音楽をどうするのでしょうか。私は、50年前に使った三波春夫さんの唄ったオリンピック音頭でもいいと思います。あれは名曲です。今あれを使えばまた流行るかも知れません。

 新たに何かを作り直すのではなく、この際、あるもので間に合わせて、余計な金をかけないことを願います。それでなくても、オリンピック予算は当初の七千億円から、一兆四千億円に跳ね上がっています。

 当初は既存の50年前の設備を使って金のかからないオリンピックをすると言っていたではありませんか。ふたを開ければ何もかも新築です。競技場に至っては、イランの女性に無駄な設計費用をむしり取られています。この出費はこの先の日本国民の税負担を大きくします。

 

 いろいろな問題はあっても、オリンピックをやめると言うのは間違いです。せっかく縁あって開催するなら、世界中のアスリートが気持ちよくスポーツが出来るよう、みんなで協力しましょう。そして、オリンピックが開催できる経済力を備えた日本に生まれたことを、みんなで喜びましょう。

 うまく行かないことがあっても、上げ足を取って邪魔するのではなく、みんなで何とかうまく行くことを考えましょう。

続く