手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

町の風格 3

町の風格 3

 

 ブロック塀

 日本の住宅街の景観を悪くしているのは電柱だけではありません。一番目に付くのはブロック塀です。日本人ほどデリケートな感性を持っていて、しかも深い美意識を備えている国民が、なぜ、寄りによってブロック塀を放置しているのか首をかしげてしまいます。

 昨日は、電信柱が立っていて、そこから電線が走っている街の姿を見ると、災害地の仮設の街並みに見える。と書きました。少なくとも、東京、大阪、名古屋のような大都市の住宅街で、電信柱が林立している風景は信じられません。先進国の大都市ではありえないことです。

 これは家の中の柱や天井に電気のコードや、水道管がはい回っているのと同じことで、配線、配管は人目に付かないところに隠しておくことは常識なのです。それがむき出しで50年も60年もそのまま町中に居座っていることが不思議です。

 同様にブロック塀です。ブロック塀は建築資材の中でも、補助素材です。塀を作るときに、ブロック塀を積んで、その外観に、石を張ったり、モルタルを吹き付けたり、漆喰を塗ったりするための補助素材です。価格が安価なためによく使われていますが、これをむき出しのまま使うのはブロックの本来の目的ではありません。

 まだ昭和の貧しかった時代なら、こんな素材で塀を作ることもやむを得なかったと思いますが、令和に至ってまでまだむき出しのブロック塀が並んでいる街並みと言うのは著しく景観を損ねています。

 ブロックの上からモルタルを吹き付けると言う仕事にそんなに費用が掛かるものではありません。普通の一軒家の塀なら、職人に頼めば半日で終わってしまう仕事です。下地にセメントを塗って、外観をつるりとした塀にしたうえでモルタルを吹き付けるなどしても数万円でできる話でしょう。

 要は、お金の問題ではないのです。お金がないからできないのではなく、今住んでいる家並みの景観を保つ気持ちが住人にあるかどうかという話です。ヨーロッパの人たちの生活を見ていると、この町に住むなら、最低こんな生活をみんなで維持しよう。と言う、コンセンサスができています。

 

 実際、ヨーロッパの人の生活を見ていると、一様につましい暮らしをしています。日本よりはるかに所得に高い国ですら、日々の生活はつましいのです。

 特にイギリス、ベルギー、オランダ、ドイツと言った国々は、食事が地味です。ホテルの朝食でも、パンとジャム、ミルクかオレンジジュース、生野菜。これで全てです。朝食に肉類も卵も先ず出て来ません。生野菜はお世辞にも新鮮とは言えません。イギリス、ドイツなどは緯度が高いため、野菜の育ちが悪いのでしょう、種類も日本とは比べ物にならないくらい少ないのです。パンも、ライムギパンや、黒パンが主で、ぼそぼそして食べづらいものでした。

 ドイツやオランダでは食事が楽しかった記憶がありません。ベルギー南部はフランスの影響が濃いため、いいものが食べられましたが、北部はオランダ語を話す人が多く、その生活様式も食事もオランダ式で質素でした。およそ朝食が楽しかったという記憶がありません。昼食も、晩食も、余り凝った食事はしません。イギリス人、オランダ人、ドイツ人は食を楽しむと言う趣味はないのでしょうか。日本人のほうがよほどバラエティーに富んだ食事をしています。

 しかしそうした人たちでも、自分の家のこととなると実にこまめです。芝刈りはしょっちゅうしていますし。外壁のペンキも頻繁に塗っています。

 彼らは築百年などと言う家に普通に住んでいます。アパートですら、築250年などと言うアパートがざらにあります。日本で築250年と言うアパートは考えられません。外見も内装もとても古く、実際そこに住むとなると生活はとても不便です。

 ベルギーのブルージュと言う町は、ベルギーの中でも古い町並みが残っている地域です。町は、三階、四階と言った高さの家が奇麗に尖がり屋根を付けて並んでいます。家の形はほぼ同じで、屋根の色も同じです。その四階の家を各階別々に四所帯に貸しています。私の友人は二階に住運んでいました。

 友人の家は、十畳ほどのリビングと、八畳ほどのベッドルームだけでした。床は木造で歩くとギシギシ音がします。天井もそう高くはありません。窓辺が通りに面していて、植木鉢が並んでいます。町の外は石畳で、中世のままの家並みが見えます。リビングに腰かけて窓の先を眺めている中世の生活を体感出来ます。こう書くとロマンチックないい生活のように思えますが、

 実は、ここで生活するのはなかなか大変です。トイレ、シャワー台所は一階、二階、三階にしかありません。四階の住人は下に降りて共同トイレ、共同台所を使わなければいけません。三階はシャワーはありますが、風呂はありません。二階には風呂があります。

 恐らく昔はこの家を大家族で暮らしていたのでしょう。そのため三階四階には水回りがなかったのです。時代が変わってアパートとして人に貸すようになったのでしょうが、いまだにトイレのない部屋、台所のない部屋、風呂のない部屋を平気で貸しているのです。

 冷静に判断したなら、日本の学生が住んでいるアパートのほうが、トイレも風呂も台所もきれいで機能的です。部屋が六畳であると言う点は狭いと思いますが、それでも家賃は、ベルギーのほうがはるかに高いのです。

 日本人よりはるかに所得の高い人たちが住む家としては、信じられないほど不便なアパートです。エレベーターもなく、造りはとても古いのです。水道のコックですら優に50年以上も前のコックがついています。然し彼らはそこに住むことに喜びを感じています。部屋を見渡せば、テーブルも、椅子もタンスも古いものばかりです。彼らはそれを大切に使って暮らしています。

 ああした生活を見た後で、日本に帰って、自宅を見渡すと、何もかも壁紙一枚を張って奇麗にしている家の中が、偽りの生活なのではないかと疑いを持ってしまいます。自分達が歴史と無関係に生活しています。そんなことでいいのかと考えてしまいます。

続く