手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

いろいろあって楽しい

いろいろあって楽しい

 一昨晩(28日)は、ザッキーさんが来て、ビヤ樽タンバリンを指導し、道具を譲りました。お客様から預かっていた品物で、希望者に販売したいと言うことでしたので、ザッキーさんに譲った次第です。彼はいままでカードや、ロープなど、手先のマジックをしていましたが、いよいよ大舞台のステージ物に挑戦です。

 このビヤ樽タンバリンは、私が20代の時に図面を引いて、鉄工所の渡部さんが作ったものです。私自身は一台手に入れただけですが、渡部さんはその後何台か作ったようで、アマチュアさんやプロさんに販売したようです。

 家に届いた、ビヤ樽タンバリンは、まるで数日前に出来上がったのではないかと思うほどの美品で、錆も、劣化もありませんでした。今から30年前に製作したときには、15万円くらいしたものですが、届いたものは、30年前の物より何か所か進化していましたので、恐らく15年前くらいの作品でしょう。何台か制作したうちの、渡部さんの最晩年の作品だと思います。

 もう渡部さんは亡くなりましたし、今これをどこかの鉄工所に頼んで作ってもらったなら、確実に30万円くらいはかかるでしょう。今となっては得難き道具です。

 

 それにしても素晴らしい出来です。直径30㎝くらいのタンバリンに新聞紙を張り、新聞の真ん中に蛇口を取り付けると、ビールやジュースがどんどん出て来ると言うものです。ビールが出た後は、中からシルクや、帯シルクが出て来て、更に、まとめた帯シルクから大きな旗が出たり、しまいには舞台一面の大幕が出ると言うイリュージョンです。帯や幕は付いてはいませんでしたが、銀色のメッキがつやつやで新品同様です。きっと舞台映えするでしょう。ザッキーさんには私の30代の舞台ビデオを見せつつ、仕掛けと演じ方のポイントを説明しました。

  

 指導の後、食事をしたり、酒を飲んで久々じっくりザッキーさんと話をしました。彼が何に悩み、何を求めているのかが聞けて楽しいひと時でした。同時に自分の30歳の頃がどうだったのかを思い出しました。

 思えば、今現在活動している、玉ひでの公演も、若手の指導も、ザッキーさんが私のところに尋ねて来て、相談を受けたときから始まったのです。二年前、ザッキーさんはプロになりたがっていました。今すぐにでも会社を辞めてプロになりたいが、いいだろうか。と尋ねてきたのです。

 思えば不思議な話でした。と言うのも、私はザッキーさんを知ってはいましたが、指導をしたわけでもなく、何度か私のステージハンドをしてもらったくらいの付き合いだったのです。どうしてそんな私に相談に来たのかがわかりません。

 とにかく、私は「早計だ」。と言いました。まず1年基礎を学んで、その間にもう一度考えたらよいと言いました。私がそういった手前、指導をすることになり、若い仲間を集めて毎月一回のレッスンが始まりました。二年前の秋のことです。指導は今も続いています。その後に玉ひでの公演が始まり、何人か、そこに出演できるようにしました。

 若い人は、出番を与えれば、すぐに舞台センスを身に着けて、手慣れてきます。私は舞台脇で見て、要所要所をアドバイスする程度ですが、一年前から見ると見違えるようにうまくなりました。要はそこまで入れ込んで指導する先輩がいるかどうかということなんでしょう。

 さて、ザッキーさんはこの修業期間にプロになるべく活動をしていましたが、そこへ大きな障害がやってきました。コロナです。コロナによって芸能の仕事が激減しました。今思えば、あの時私がプロになることを一年止めたのは正解だったと思います。いきなりプロ活動をしていたら、たちまちコロナにつぶされて、しかも、会社を辞めて無収入になっていたでしょう。

 プロの道は焦る必要はありません。徐々に周囲から持ち上げられて、技量を認められてからでも十分間に合うのです。大切なことは実力を身に着けることです。と言うわけで、ザッキーさんと奇しき縁でこうして深夜まで話をすることになりました。

 

 さて、昨日の朝(29日)は、ブログを書こうと朝6時半に起きたのですが、パソコンが朝から起動しにくく動きません。あれこれしているうちに、富士に指導に行く時間になってしまいました。そのまま東京駅から新幹線に、富士で半日指導をして、新幹線で戻り、中華屋さんで食事をして、夜8時半に帰宅をしました。

 何にしても家の中が工事現場なために、食事も落ち着いてできません。そのため外食をして戻ったわけです。すると、女房も、娘も、デパートの弁当を買って来て食事をしています。その弁当が随分豪華です。女性の好みそうな、おかずが奇麗にたくさん並んでいて、ご飯が炊き込みご飯になっています。

 しかも、女房と娘の弁当の種類が違います。互いがおかずを分け合って楽しそうに話をしながら食べています。私は一人仲間外れです。

 家の中はまだ工事中でしたが、風呂場の湯舟が新品のものに変えられていました。朝から大工事だったようです。

 さて、ブログを書こうと、パソコンを開けたら大変です。私のブログを期待しているお仲間が400人も覗きに来ていました。そうです。今日は何も書いていなかったのです。失礼しました。と言うわけで今ここにブログを書きました。今日は本当はブログは休みですが、昨日分として書きました。

続く