手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

どう残す。どう生かす 7

どう残す。どう生かす 7

 

 お椀と玉

 お椀と玉は品玉とも呼ばれ、マジックの歴史の中ではきわめて古い作品と考えられていますが、実際には、1000年。2000年と言うほどの歴史はないと思います。せいぜい宋の時代(960~1270)くらいにインドやペルシャあたりで生まれたものが、明の時代に中国に伝わったのではないかと思います。

 と言うのも、日本に伝わったのが戦国時代です。少なくとも、奈良、平安の時代の、散楽一座(奈良の政府が抱えていた、芸能一座)がお椀と玉を演じたという資料がありません。古い中国にはお椀と玉はなかったと思います。

 中国のお椀と玉は、ずっと時代が下ったのち、「仙人栽豆(せんにんさいまめ)」と言うマジックと、お椀と玉が合体した形で演じられており、お椀と玉の玉も小豆や大豆を使うため、とても小さい現象です。

 日本では仙人栽豆を、「小豆割(あずきわ)り」と呼び、お椀と玉とは全く違う演技として、別々に演じられています。小豆割りは、一粒の小豆をテーブルの上に置き、指に唾を付けて、小豆に擦り付けているうちに、小豆が二つに増え、三つに増えて行きます。また、一つずつ減って行き、お終いの小豆を鼻に入れ、息を吸い込んで消してしまい、消えた小豆が、瞼の裏から出現します。

 この瞼の裏から出て来ると言うのが奇抜で、私の興味をそそります。但し、文献でしか見たことはありません。実際に、事前に瞼の裏に小豆を隠しておきます。小豆が小さいとはいえ、目の中に入るかどうか。私はいまだ試したことはありませんが、鼻の穴に五寸釘を刺すのと同様、やってみたら案外簡単なのかも知れません。但し、今この芸をして、人気者になれるかと言えば、微妙でしょう。金魚や、碁石を飲んで出して見せる危険術と同類に見えると思います。しかも規模が小さい分、効果も限定的です。

 小豆割りは、完全なクロースアップマジックで、せいぜい5~6人を対象とします。大道で、少人数の通行客を相手に見せていたのでしょう。日本では古くから座敷手妻として演じられています。

 小豆割りは室町時代にはあったようですが、お椀と玉は江戸時代の伝授本に出るまでは記録がありません。恐らく戦国時代あたりにやってきた西洋人か、中東の人が日本で見せたのではないかと思います。素材が簡単なため、一度伝わると普及は早かったようで、たちまち日本中で演じられるようになりました。

 今日まで随分といろいろな手順が散見されますが、日本のものは、お椀を二つないし三つ使い、玉は3cmほどの柔らかい布製で中に、棕櫚(しゅろ)や藁(わら)、小石などを入れ、膨らませます。この玉を椀の中に入れ、開けると消えていて右や左の椀に移ったりします。

 中国のお椀と玉が、伝助賭博(でんすけとばく=路上で通行人に、3つの椀の中に一つ玉を入れ、椀を素早く動かし、どこに入れたか賭けをさせるもの)の、玉の移動が主であるのに対して、日本のそれは手順が出来ていて、西洋のカップ&ボールに似た構成になっています。

 但し、今日残っているお椀と玉の手順が、江戸時代に演じられていたお椀と玉の演技かと言うと、どうも違うように思います。

 なぜかと言えば、パームとパスの手順がくどいのです。まったく同じ技法が10数回出て来ます。恐らく、これを江戸時代に大道で演じたなら、必ずお客様に種がばれたでしょう。恐らく、もっともっと複雑で、面白いハンドリングがあったはずです。

 なぜこうまで無理の多い手順が残ったのかと言うなら、それは伝授屋(でんじゅや=マジック指導家)の出現に理由があると思います。江戸の中期から伝授屋という商売が流行りだし、お椀と玉は道具が簡易なこと、作品に起承転結があって、手順が完成していることなどで、指導ネタとして人気の手妻だったのです。

 今日文献で残されているお椀と玉は、伝授屋の教材から引っ張ってきているのです。そもそも伝授本(でんじゅぼん=マジック指導本)と言うもの自体、プロの手妻師が書いたものではありません。手妻は本に書き残すようなことはしなかったのです。書いてあるものは、当時のアマチュアが推測で書いたものばかりです。

 その本を読んで、当時の江戸時代のマジックのレベルを言うのは間違っています。本当にいいマジックは書かないものです。

 但し、アマチュアに伝えるには、複雑なハンドリングは習得に時間がかかるために技法は単純にまとめられました。今日残されている手順は、プロの演技ではなく、アマチュア指導用の簡易手順なのです。

 

 そこで、私は、35歳くらいから二年ほどかけて、お椀と玉の資料を集め、手順を組み直しました。バブルが弾けて、仕事が激減したため、時間はたっぷりあり、じっくりお椀と玉の改案が出来ました。できた手順はあちこちで演じました。海外でも評価され、アメリカ、フランス、香港、韓国、台湾と随分演じました。然し、演じてみて気付きましたが、サイレントで、類似の手順を繰り返すお椀と玉は、アマチュアは喜びますが、一般の反応は今一つです。

 一般のお客様に見せるにはもっとインパクトのある手順でなければ喜んではもらえないのです。そこで、40代になってから、お椀と玉を掛け合いでする手順を作りました。それが今舞台で演じているお椀と玉です。

 それまでの6段もある手順を半分にし、真ん中に、手妻とは言えいないような、大きなリンゴをお椀に入れ、明らかにリンゴがお椀からはみ出しているのに、「リンゴどれ」、と聞く手順を加えました。これはマジックではなく、明らかにギャグです。然し、「リンゴどれ」を入れてからのお客様の食いつきはよく、仕事先でも、「リンゴをやって下さい」。と言う注文は頻繁にあります。

 弟子との掛け合いも、弟子にギャグとは何かを教えるにはうってつけで、笑いとはテンポと休符のわずかなずれを楽しむこと、と言うのを教えるには最適な作品です。この呼吸がわかると何を言っても面白く、笑いの才能がつかめます。

 マジックは必ずしも、不思議であるから愛されるわけではありません。たった一言のセリフがお客様の心に留まり、それが忘れらずに、繰り返し繰り返し見たくなるのです。お客様とのつながりが何なのか、そこを探すことが芸能なのです。

 お終いに出すアンパンも、ミカンを出したり、キャラメルの箱を出したり、饅頭を出したりと模索しましたが、アンパンが一番ボリュームがあって効果的なことと、アンパンと言う言葉の響きが軽薄でばかばかしいため、アンパンを出すと、異常にお客様は喜んで下さいます。この辺りの言葉遊びを見つけ出すことが笑いのセンスだと思います。饅頭でなく、アンパンと言うおかしさは、笑いを理解しない人には一生気付かないセンスです。

続く