手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

金持ちの孤独 1

金持ちの孤独 1

 

 世間では紀州ドンファンの殺人事件が急展開して、元妻が容疑者として捕まったことが話題になっています。紀州ドンファンこと、野崎幸助さんは3年前に覚せい剤を飲みすぎて死亡し、中毒死として扱われるかと思いきや、警察の調べで、不審な点が見つかり、殺人事件として捜査が始まりました。

 当初から警察は、元妻の須藤早貴さんを疑っていましたが、決め手がありません。そこをどう解決したのかわかりませんが、3年目にして元妻逮捕となりました。

 

 野崎さんは子供のころ極貧の生活をしながら、不動産で当て、晩年には13億円もの資産を残し、その間に女性遍歴を繰り返し、生涯4000人(自称)もの女性を相手にし、晩年は、付き合った女性と、ホテルや高級マンションなどを渡り歩き、やがて、AV女優の須藤さんと出会い、結婚し、その後に破局を迎え、別れようとしていた矢先に覚せい剤で亡くなります。

 私はこの野崎さんの経歴を見ると、金持ちで、孤独な老人の典型的な人生を見る思いがします。

 実際芸能で生きていると、孤独で金持ちの老人と言う人と多々出会います。彼らはよく我々芸能人の面倒を見てくれます。私がそうした人の住む都市に出かける折に、連絡を取ると、老人は一席を用意してくれて、食事をごちそうしてくれて、ホテルを用意してくれ、様々な遊びを設定してくれます。

 ある時はゴルフであったり、釣りであったり、旅行であったり、お金持ちの老人は仲間を連れて遊ぶことに余念がありません。

 私とすれば、何から何までお世話になって、なおかつ小遣いまでもらえるのですから、何の不足もありません。よくしてくれることは感謝です。船に乗っていても飛行機に乗っていても、夕食を食べているときも、私の何気ない会話が、「地元の人とは違う」。と言って、東京の雰囲気、或いは芸能人の雰囲気を喜んでくれます。

 芸能人と言っても、私はたいした芸能人ではありません。それでも海外でショウをした話とか、テレビに出演した話。有名タレントの話などをするととても喜んでくれます。そんな私が1,2年に一度訪ねて行くのを楽しみにしてくれています。

 そうしたお金持ちが地方に何人もいて、私を支えてくれています。ただ、中にはまったく家族もなく、大きな家に一人暮らしていて、孤独に生きている人もいます。仕事は会社の役員収入や、不動産などがあり、お金に困ることはありません。

 

 女性Aさんは、昔、社長の愛人として暮らし、社長の死後、財産をもらい、地方に家を建て、一人で暮らしています。毎日することがなく、マジックをしてボランティアをして回っていました。

 ところがある時、一緒にボランティアをしている人から、「あなたのしていることはレベルが低すぎる。一緒に出演していて恥ずかしい」。と言われました。仲の良かった仲間から、面と向かって下手と言われたことがショックで悩みました。結果、我流でマジックをしているだけではだめだと知り、きっちりと誰かから習う必要を感じ、私を探し出し、マジックを習うようになりました。

 毎月一日、東京のホテルを予約して、当日と翌日、二時間ずつレッスンに来ました。合計4時間の個人レッスンをしますので、稽古は充実します。さらに、自分だけの手順を求め、私に手順の創作を依頼します。

 その甲斐あって、アマチュアのコンテストで優勝するまでに至ります。Aさんは、東京に来ると、銀座や青山で買い物をし、一流ホテルに泊まってマジックを習い帰って行きます。日々は楽しそうです。

 ところが、Aさんと一緒にいて、日常を見ていると、孤独なお金持ちの影がかいま見えてきます。「影」とは何かというと、行動と行動の間がつながっていないのです。普通に仕事をして、家族を持って生活しているお金持ちは、例えばゴルフをして、その後、食事会までの間、1時間、2時間に必ず何か、仕事なり、自分が心掛けている用事があるものです。

 車の中で、10分20分空いている時間があると、メモを取ったり、調べごとをしたり、1時間2時間と時間が空くと、本を読んだり、音楽を聴いたりと、日常にになすべきことがあるのです。ところが降ってわいたようにお金をもらい。別段仕事を持たない人たちは、空白時間に何をしていいのか、空いた時間を持て余してしまいます。

 彼ら、彼女らは食事をしているとき、遊んでいるときには充実していますが、それが終わったときに、急に虚無感に襲われます。遊びと遊びの隙間の時間を埋める手段がみつからないのです。気の合う仲間や家族がいればまだしも、人を信じない性格であったり、家族と仲が悪かったり、いつでも財産を狙われているという強迫観念を持って暮らしている人たちは、遊びをしたすぐ後に、たちまち現実の世界に戻り、例えようもない孤独に襲われるのです。

 それを隠そうとして、常に面白いことを言って、隙間を埋めてくれるような芸人を傍に置きたがります。それが私なのでしょう。それとても、酒を飲んだ後に別れて、一人部屋に戻ると、またまた孤独が襲いかかります。

 例えば食事の後、互いがなすすべもなく、30分も1時間も空白が出来た時に、とにかく私は退屈しないように話をします。しかし話しつつもどうしても隙間が出来ます。そんな時につくづく「この人は孤独なのだなぁ」。と痛感します。当然なことですが、心は金では満たされないのです。この話はまたあとでお話しします。

 

 野崎さんは、生涯4000人の女性と接触をしたと豪語していましたが、4000人の女性と付き合うのは、普通に恋愛関係を持つことは不可能です。恋愛はとても手間暇のかかる行為です。4000人を相手にすると言うことは、ほぼ毎日とっかえひっかえ商売の女性を買っていなければできないことです。

 当然金があるからこそできることなのでしょうが、そうした生活が人の憧れにはなりません。下品な生活です。女性との関係と言っても、相手をするは、金を求めて関係を持つ女性だけです。そこに愛情はかけらもないのです。そうした女性からわずかでも愛情を求めようとすると、そこは嘘で固めた世界が待っています。

 この関係で成立する愛は、芝居のうまい女性が成り済ました愛だけです。それを嘘と知りつつ騙されて、そのまま人生を全うできる人ならそれなりの大物と言えますが、どうやら、紀州ドンファンは、女性から真実の愛を求めたのかも知れません。

 然し、残念ながら彼女の愛は芝居だったのです。バレた女性は、このまま離婚になっては全財産が手に入らないと知って、覚醒剤を飲ませたのでしょう。

 貧困から自力で這い上がって、財産を作り、女性遍歴4000人を自慢していたまでの人生は、むしろ幸せだったと思います。然し、そこにかすかな愛を求めようとしたときに、悲劇が訪れます。男の悲しさで、「99%は金目当てでも、1%くらいの愛情はあるだろう」。と儚い希望を抱いていたのでしょうが、それが人生の落とし穴でした。

続く