手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

春はうれしや

春はうれしや

 

 昨日(9日)は女房とシステムキッチンのショウルームに行ってきました。場所は練馬ですので遠くはありませんが、電車で行くのは乗り換えが不便ですので、車で行きました。どうも、最近、自宅で使用している台所も洗面所も風呂場もあちこち故障が出てきて、どこも使用するのに不便なため、そっくり買い替えることにしたようです。

 然し、簡単に言って水回りを取り換えるのには大きな費用が掛かります。今、コロナ禍のさ中で我家にそんなことができるのかどうか。私のほうが心配になりますが、女房は既にその気です。きっと長年ため込んだへそくりがあるのでしょう。

 確かに今の家は31年経っていますので、あれこれ壊れてきても致し方ありません。洗面所は、蛇口も、シャワーもまともに水が出なくなっています。仕方なく、洗顔は風呂場で用を足しています。

 台所も、コンロの鍋を乗せる台が一つ壊れてしまって、鍋を乗せると傾くようになってしまいました。それを前田が真鍮とねじで修理して何とか直しましたが、女房は前田の手作りに不満です。今年に入ってから、買い替えの話が本格化しました。

 32年前、高円寺の家を建てる時にも、どこかのショウルームを見て歩きました。その時には最新式のものを買って家に備えたのです。当時としては何もかもが最新式で自慢だったのです。

 ところが、先月、ショウルームに出かけたときに、こまかくキッチンや風呂場のシステムを見てまわり、その進化に驚きました。キッチンに既に皿洗い気が収められていますし、レンジ。オーブンも機能に入っています。ゴミもいくつか分別できるようにビニール袋が収まっています。それでいて、キッチンのサイズは30年前とほとんど同じです。細かな雑貨も機能的にうまく収まるように工夫がされています。実に見事なパッケージングが出来ています。

「なるほどこれなら女房が欲しがるわけだ」。と納得がゆきました。この30年の進化は素直に認めなければいけません。

 

 そこへ行くとマジシャンのテーブルや、乗っている道具は進化していないなぁ、と思います。相変わらず手作りで、ベニヤにスプレーを塗ったもので済ませている人がたくさんいますし、中には布をガムテープで止めて風呂敷を巻いた状態でマジックテーブルにして済ませている人もいます。見るからにやっつけ仕事で、これでは世間のアッパークラスの人がマジックを見たときに、少しも本物の芸能と認めてはくれないでしょう。

 我々は、テーブル一つ作るにも、ただマジックショップで買ってくるのでなく、世間の人がどんなテーブルに興味を持っているか、メーカーはどんな苦労をして作っているのかを知る必要があります。

 

 話を戻して、女房はショウルームでの契約を済ませて、一日幸せそうでした。私は帰宅後、駅前に買い物に出ました。その帰りに、ふと、あの奥行き1mの店へ行ってみようと思いました。そうです、大風(おおかぜ)で店が倒壊した立ち食いそば屋です。

 蕎麦屋は倒れて初めて、店の奥行きが1mしかなかったことがわかってしまいました。間口が5間(9m)近くあるために、大きな店のように見えたのですが、表が立派なだけで全く奥行きのない店だったのです。世間ではドリフの舞台装置と呼んで笑っていたそうですが、全く舞台の大道具のような店でした。

 そこが倒壊して店をやめてそのあとに立ち飲み屋が出来たのです。つくりは黒を基調として、しゃれて出来ています。いくらしゃれても奥行きは変わりません。そこへ行ってみました。始めに、1000円でシールを買うのがルールだそうです。シールは百円玉がシールになっていて、百円ごとにはがして、飲み物を頼みます。ハイポールは400円(シール4枚)、つまみは200円とはがしてゆきます。少々面倒ではありますがルールに従います。

 ハイボールと、ウズラの串揚げを頼みました。カウンターはまったくの立ち飲みですが、立って呑んでいるとくたびれて来ますので、店と外との段差に、板を並べて、椅子代わりにしてあります。ここに腰を掛けると、今まで見ていた高円寺の景色がぐっと低くなり。まるで犬が眺めている世界にように感じます。

 長年高円寺に住んでいて、この姿勢で景色を見たことはなく、これはこれで新鮮でした。向かいの桃太郎寿司も、その上の中央線も、道行く人も、何を見ても新鮮に見えます。これまで普通に眺めていたものがどれも巨大に見えます。高円寺の景色を見て、巨大に感じたことはこの時が初めてです。一緒に立ち飲みをしていたサラリーマンと座って世間話をしながら飲みましたが、季節は春の盛りで、暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい陽気です。

 ハイボールは紙コップで、中身は取り立てて大したものではありませんでした。然し、ウズラの串揚げは、その場で揚げたもので、しかも、醤油味にガーリックソルトが振ってあります。串に卵が3つ刺してあって、それが2本ついてきて200円です。これは安い。しかもうまいと思いました。つまみの味が気に入りました。毎日ここに入り浸るのも見た様が良くはありませんが、時々はここで呑もうと決心しました。

 呑み終わって、風に吹かれて、5分歩いて家に帰りました。いい気持ちです。直腸の手術の経過が良かったからこうして酒が飲めるのです。ありがたやありがたや。楽しみが増えました。

続く