手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

日本のマジシャンは駄目か 2

日本のマジシャンは駄目か 2

 

 昨日は、60歳を超えたマジシャンが電話で愚痴を言ってくる話をしました。その話を聞きながら、私は日本のマジシャンのことを考えました。同業者はなかなかマジシャンを誉めませんから、彼らからよくしてもらおうとしたり、引っ張り上げてもらおうとするのは難しいことです。それは日本の世界が狭いからではありません。世界中どこでも同業者は同業者に厳しいのです。

 それでも日本は、まだましだと思います。マジシャンが生きて行く活動の場が広いのです。私がこういうと、多くの人は意外に思うかもしれません。でも事実です。日本のマジシャンは、日本人、もしくは日本国内で活動することで生活をしています。日本ではこれを当たり前と考えますが、そうして生きていけること自体世界の国々からずると特殊なのです。

 日本のマジシャンが日本を離れることなく、国内だけでマジックの活動ができると言うのは、日本が極めて豊かで、仕事場がたくさんあることのあかしなのです。なかなか日本にいると日本人であることの恩恵に気付きません。

 

 日本人が外国を例に出すときに、多くはアメリカを語ってしまいますが、アメリカこそ特殊な国なのです。

 例えば少し考え方を変えて、自分がロシアに生まれていたらどうでしょう。あるいはスゥエーデンに生まれていたら、ベルギー、ヨルダン、韓国、台湾、チュニジア、国名を挙げればきりがありませんが、これらの国は、まず国内のマジックの仕事が極端に少ないと思います。

 先ず、一国の中に大きな都市と言うのが一つか二つしかありません。その地域で生涯マジックを仕事として活動して行くことは至難です。

 なおかつ、韓国や台湾には、対立している国があります。韓国なら北朝鮮。台湾なら中国です。近年、香港は中国に自治を奪われてしまいました。豊かで自由で高所得だった香港も、中国の圧力にはひとたまりもありません。日本もイギリスもアメリカも香港を助けたいとは思いますが、中国が牙をむいたときには手が付けられません。今、香港のマジシャンはどうやって生きているのでしょう。

 小国で暮らすマジシャンは当然外国に出て活動しなければなりません。然し、スゥエーデンにしろ、韓国にしろ、海外に出ては自国語が使えません。小国のマジシャンにとっては自国語でマジックをして暮らして行けることは憧れなのです。

 ベルギーなどは所得も高く豊かな国ですが、サイズは四国くらいしかありません。そのうちの北はオランダ語を話す人種が住み、南はフランス語を話し、東はドイツ語を話す人種がいます、そしてそれぞれが仲が悪いのです。四国くらいのサイズで、全く違う3か国の言葉を話す国民が暮らし、そこでマジックの活動が成り立つかと言うなら、とても難しいのです。そのことはスイスも同じです。山一つ隔てると言葉が違います。

 もし自分が長野県に生まれて、日本アルプスを越えたところにイタリア語を話す人が住んでいたら、軽井沢にはドイツ語を話す人たちが住んでいたら、マジックの活動はやりにくいでしょう。山の向こうが岐阜弁だなんて、こんな幸せなことはないのです。

 当然のごとくそうした小国の人々は、3か国4か国の言語を話します。然し、人間はその話し方の中から、訛りや癖を感じ取ります。イタリア系住民はドイツ語訛りのイタリア語を話すマジシャンを警戒します。少なくともその土地で異言語を話すマジシャンがスターになることは難しいのです。

 

 ヨーロッパのマジシャンと話をしていると、「新太郎、九州の人は何語を話しますか」。などと質問されることがあります。私は、「日本はすべての地域で日本語を話します」。と言うととても驚きます。そしてそのことをとてもうらやましがられます。

 日本人の中で日本は小さい国だと考えている人がたくさんいますが、今、お話ししたように、四国はベルギーくらい。九州はオランダくらい、北海道はスイスくらい、本州はイギリスくらいあります。ヨーロッパのどの地域でも三か国が同一言語を話す地域はありません。

 日本はかなり広い国土に高所得の国民が、しかも密集して生活していますので、こうした国は芸能人が生きるためには好都合です。関東地方には3500万人が暮らしています。関西地区には2500万人が暮らしています。これほど狭い地域にここまで多くの人が暮らしている国はほかにありません。しかも、その国民は高所得なのです。冷静に世界中を見渡して、日本以上に芸能人が暮らしやすい国はそうはないと思います。

 

 まず我々は世界的に見ても相当に恵まれた国に暮らしていると認識すべきです。そうした中で、日本のマジシャンのレベルが高いのか低いのかと考えてみると、私は相当に高度で幅広い知識を持ったマジシャンが暮らしていると思います。

 と言うのも、日本には、120年以上前から、スライハンドが入ってきていますし、その歴史の中で石田天海師のような名人がいます。天海メモの中にはもうアメリカでもヨーロッパでもなくなってしまったようなハンドリングが残されています。これが日本にあることが貴重な財産です。

 戦後になって島田晴夫師が出て、傘と鳩のアクトで話題となりましたが、今となっては、カードや鳩をきっちり残しているマエストロと言うのは、ヨーロッパにもアメリカにも存在しなくなってしまいました。そうした中、数少ない名人が日本人であることは貴重です。その後にマーカテンドーさんのような、新しいタイプのマジシャンも出てきました。その時代その時代で世界に影響を与えるマジシャンが必ず存在したのです。

 日本のクロースアップの歴史は70年ほどでしょう。まだ歴史が浅い分、次の世代の人にはチャンスがあります。私は願わくば、クロースアップに関しては、ベーシックな何気ない演技をきっちり見せてくれるマジシャンが現れて欲しいと思います。まず基礎的なことがきれいにできて、その上で、パーソナリティが優れた人が現れたなら、その人こそ日本のクロースアップマジシャンの核となるのではないかと思います。

 こうしたタイプのマジシャンの生き方は決して難しいことではなく、むしろ日本人にとっては最も得意な生き方ではないかと思います。そうした人が出てきたときに、周囲がつぶすことのないように、温かく見守ってやらなければならないと思います。

続く