手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

明けてめでたや

明けてめでたや

 あけましておめでとうございます。本年も手妻の公演、マジックショウ、マジックセッション、マジックマイスター、マジック合宿など、様々まマジックの催しをして行きます。どうぞ、振るってお越しください。

 

 私は子供のころ、なぜ年が明けることがめでたいのか、わかりませんでした。大晦日から一晩寝ただけでどうして人がめでたいと言うのか、意味がわかりませんでした。

 やがて成長するにつれて、これは借金取りが関係することだと知りました。12月を師走と言います。なぜ師匠が走るのか。これは借金返済のためには師匠と言えどもあちこち奔走するから師走だそうです。

 江戸時代や明治時代位までは、お盆と師走の二回が、借りた金の返済日で、それまでは、酒でも、味噌、醤油でも大概のものは付けで済ませていたのです。特に12月はその年の最終返済日で、なんとか12月中に、積もり積もった借金を返さないと安心して正月が迎えられないために、誰もが苦労したのです。貸し金を取るほうも、何とか12月中に貸した金が取れないと、店がつぶれてしまいますので、これもまた必死だったのです。

 然しそれも大晦日までで、年が明けたら、貸しているほうも、借りているほうも、互いが顔を合わせると。「おめでとうございます」。と言い合って、金の請求はしませんでした。そんな野暮なことは誰も言わなかったのです。少なくとも正月が終わるまでは借金取りも来なかったのです。

 何とか正月を迎えてやれやれと、ほっと一息ついて正月を祝います。これが「おめでとう」です。後は必死に働いて、正月の間に借金を返す。こうして多くの庶民は生きてきたのです。つまり、逃げ切りのゴールがお正月だったのです。

 昭和になってもやはり年末の返済はあったのです。何とか借金を返済し、また貸した金を集金して、ようやくささやかな正月料理を買って家族で祝っていたのです。

 

 私は昭和60年に自分のマジックチームを東京イリュージョンと名付けて、有限会社を興して活動していました。30歳でした。それを平成2年に株式会社にしました、家は平成2年に今のビルを建てました。このころは仕事も順調で、何もかもうまく行っていたのです。ところが、平成5年にバブル不況がやって来ます。ここから生活が崩れ出します。毎月の返済ばかりが大きくて、仕事ががったり減ってしまったのですから、どうにもなりません。

 毎月毎月金が足らなくて苦労しました。このころ、トラックの運転手で、道端で段ボール箱を拾って、家に持って帰ると、中から一億円が出てきた。と言うニュースがありました。大貫さんと言い、結局一億円は持ち主が見つからないまま、大貫さんのものになりました。

 そのニュースを見て、私も道端に段ボール箱が落ちていないか、犬の散歩がてら必死になって探しました。然し見つかりませんでした。

 東京イリュージョンが、イリュ-ジョンの仕事が来ないのでは手も足も出ません。やむなく、どんなに小さな仕事でも引き受けて、一人ででも出かけて舞台に立ち、収入を得て、わずかなギャラをすぐに銀行に入金して、月々のローンの返済を間に合わせました。そんなことをしながら、何とか、事務所も、建物も維持して、「あぁ、今年一年もなんとか会社も、家ももったなぁ」。とほっとしたのです。

 そう言う生活をしていると、一年、一年が無事過越せただけでも喜びを感じました。そして初めて、親たちが、正月を迎えて「おめでとう」。と言い合うことの意味を知りました。

 

 「若いうちはたくさん苦労を積んだほうがいい」。と言います。それはその通りだと思います。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」。「苦労は芸の肥やしだ」。とも言います。そうなのでしょう。苦しんで、そこから学んだものはしっかり身に付きます。なかなか簡単には消え失せることはありません。

 但し、余りに苦労をし過ぎてもいけません。苦労が表に出過ぎては、顔が貧層になったり、しぐさに貧しさが見えたりして、舞台に立つ者にとってはいいことはありません。「苦労は肥やし」とは言っても、肥やしばかりかけてもいい野菜はできません。うんこに直に種を撒いても、野菜は育たないのです。

 芸人はどんなに苦しい思いをしていても、どこか呆気羅漢として生きていなければいけません。苦しさなんて何でもない。金なんてなくても面白いことはいくらでもある。今は何もなくても、この先、みんなを幸せにできる。そんな風に思って、今は形も何もなくても、フリーハンドで幸せを描ける人でなければ人は寄っては来ないのです。

 

 今は世界中の芸能芸術家がみんな仕事を失って困っています。然し、見ようによっては、世界中の芸人、有名な人も、才能豊かな人も、資金を持っている人も、皆仕事が止まってしまって、財産を使いつくして、何をどうしていいかわからなくなって、スタートラインに付いたことになります。

 初心者も名人も平等に、一旦ゼロに戻って、これから白紙の上にフリーで絵を描いて、自分の世界を作って行けるのです。これは大きなチャンスを秘めています。誰が初めに抜け出るのか。レースが始まるのです。こんなことは今までなかったことです。

 そう考えれば、これからの半年はとても重要な時間になります。こんな時代に生まれ合わせた我々は幸せ者です。今から、次の時代の芸能芸術を一から作って行きましょう。そこから生まれたものが未来の芸能芸術になります。なんてめでたい事でしょう。一夜明ければ、「明けましておめでとうございます」。めでたい日々の始まりです。

続く