手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

マジシャンを育てるには 9

慈恵医大病院

 昨日(14日)朝8時から慈恵医大病院に行って、内視鏡で、ポリープを取ってもらいに行ってきました。前日(13日)は指定のお粥を3食食べて、間食をせず、じっと空腹に耐えました。そして昨日は朝から何も食べずに慈恵医大病院に行きました。

 その日は内視鏡の患者さんだけでも30人以上がいました。如何に仕事とは言え、こうした患者さんを片端から肛門にカメラを入れて、ポリープを取ると言う仕事は簡単ではありません。私は、着くとすぐに下剤を約1リットル飲んで、下痢を促しました。結局9回水のような便を排出して、それを看護婦さんが目視して、OKが出ました。

 何度も便を看護婦さんに見せると言うのが嫌です。無論看護婦さんも嫌でしょう。世の中に面白い楽しいと言う仕事はそうはないのでしょう。私はかなり水便に不純物が多かったため、後回しになって、午後2時から内視鏡を入れることになりました。ここまでで6時間が経っています。

 内視鏡は二度目ですので、慣れて来ました。腕から麻酔薬を入れて、ほどなく意識が無くなりました。目が覚めるとすべて終わっていました。痛みも何もありません。目が覚めたのは4時でした。結局2時間、意識が無いまま寝台に寝ていたことになります。

 さて、その後で、ポリープの写真を見せられましたが、大小3つのポリープがあり、それを取りました。更に、まだ取り切れないポリープがあるので、来年1月にもう一度内視鏡を入れて取ると言うことになりました。その場合入院の可能性があると言われました。この話からすると、私は大腸癌なのでしょう。

 いづれにしても1月6日に再度病院に行って打ち合わせをします。なんと今年は病気の多い年だったことか、これまで怪我も入院もしたことがなかったのに、今度はいよいよ入院です。恐らく来年も舞台仕事は少ないと思いますので、この機会に、早くに処置をしたほうが良いと思います。親父の癌漫談のタイトルが、「なっちゃったものは仕方がない」。でしたが、全くその通りで、自分ではどうすることもできません。定めの通りに残された人生を生きるしかありません。

 帰りに喫茶店でチョコレートケーキとポテトのポタージュスープを呑んで、空腹が収まりました。大した贅沢ではありませんが、十分幸せになりました。

 

マジシャンを育てるには 9

 多くのマジシャンは、この世界で有名になるためには、独創的なマジックを考えて、その技を認められてトップに立とうと考えています。それは間違いではありません。

 その通りなのですが、実は、独創的なマジック、高い技術を持つことがマジシャンに一番求められていることではありません。世の中のトップマジシャンと言うのはどちらかと言うと不器用な人が多いのです。技法も、独創的なものを持っている人のほうが少なく、どちらかと言えば、その時代の普通の技術をそのまま普通に演じている人が多いのです。

 そうでありながらなぜトップマジシャンに立てたのかと考えると、それはその人の魅力が大きいのです。何もしなくても何となく人を集める。お客様が寄ってくる。自然に人に愛される。そんな人がたまたま人の興味を集めるようなマジックを演じた時に、トップに立ってゆくのです。

 

 昨日は楽屋マナーについて書きました、その前は基礎を学ぶことの大切さを書きました。これらはいずれも基本的な話に過ぎません。いずれもしっかり学んでおかなければならないことですが、それで売れるかと言うとそうはなりません。実践に入ったら、まず学ばなければいけないことは、人に愛されるにはどうするかと言うことです。

 人(お客様)はどんなことに興味を持っているのか、そのことを実戦で経験をして熟知していなければいけません。人はどうしても自分の興味を人に押し付けようとします。マジシャンの興味なら当然マジックです。マジシャンは人はみんなマジックに興味を持っていると信じています。

 然し、お客様は決してマジックが大好きなわけではないのです。全く嫌いなら近付きもしないでしょう。少しは好きなのです。でも少しです。ほんの少しの興味でマジックを見に来ているのです。この点に注意してください。お客様と言うのは、今、何らかの変化が起こったなら、たちまちマジックに興味を失う人たちなのです。このことを決して忘れないでください。

 

 何人かのクロースアップマジシャンを見ていると、うつむいて、カードをシャフルしたり、カウントを数えたりするばかりで、現象の説明以外は、言葉も少なく、少しもお客様を見ない人がいます。自身の脇にお客様を座らせていながら、そのお客様と全く話もしない人がいます。こんにちわもなければ、着てきた服装を褒めることもしません。名前すら聞かない人もいます。女性に興味がないのでしょうか。それなら女性を脇に座らせなければいいのにと思います。

 カードを引かせる時だけ説明をして、その後は自分の作業に没頭します。これでカードが当たったとしても、お客様は全く喜びを感じません。陰気臭い手内職を手伝わされただけだと思います。マジックを見たと言うよりも、理科の実験を手伝ったように思うかも知れません。少なくともショウとしての感動は起こり得ないでしょうし、もう一度初めから見てみたいなどとは決して思わないでしょう。

 アマチュアのマジックならそれでもいいでしょう。然し、それがプロの演技であるとなったら、それを見たお客様は、マジック界に失望をするでしょう。ショウとして成り立っていませんし、自身の魅力が語られていないのです。そこにあるのはカードマジックの現象のみです。それを即物的に延々数種類演じられたときのお客様の心の中を、演じているマジシャンは想像したことがあるのでしょうか。

 彼らはビデオの中、本の中でしかマジックを考えていないのでしょう。「いや、仲間と話をしてマジックを作っている」。と言うかも知れませんが、その仲間が、自分と同じように、お客様を見ずに自分の世界の中だけでマジックを考えている人たちならば、それは人に見せているのではなく、自分に見せているのと同じです。

 舞台に上がって自分の魅力を語ると言うことは簡単なことではありません。個々の魅力は個々に違いますし、時代とともに変わって行きます。今売れている人を真似たとしても、それは真似であって、トレンドにはなりません。自身の魅力は自身を知って作り上げなければなりません。マジシャンはマジックを作り上げて行くと同時に、自身の魅力を作り上げなければなりません。それが出来なければ仕事として成り立たないのです。そのために何をしなければならないか。そのことはまた明日お話ししましょう。

続く