手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

猿ヶ京の秋

BSNHK クールジャパン

 昨晩6時から、BSNHKで、クールジャパンと言う番組が放送されました。この番組の撮影のために先月は、随分日程が取られました。番組の中で「手妻」を紹介して下さると言うことでしたので、これは有り難いと、随分気合を入れました。

 この番組は、この先、教育テレビや、総合テレビなどでも再放送されますが、それがいつの日になるかは未定です。いずれにしても、5回くらいの再放送があるそうです。そうなると、一回の視聴率は少なくても、NHKは全国放送ですし、海外にも発信していますので、トータルの視聴率はかなりの数になります。この番組が多くの支持者を生んでくれることを期待しています。

 昨晩の放送は、猿ヶ京の帰り時間だったため、私は見ることが出来ませんでした。然し、メールなどで、何件か感想をいただきました。峯村健二さんからも有難いメールを頂きました。「手妻を文化と捉えてもらっていることが素晴らしい」。他の仲間からもも、「単にマジックを見せるだけの番組でないのがいい」。などいろいろでした。前田がかなり映っていたようです。「行く行くの継承者として、若い者に芸を伝えている姿がいい」。と言う人もいました。

 まさにそれが私の使命であり、目的なのです。コロナ禍の中、何かと暗い話題の多い昨今に希望を感じる番組でした。

 

猿ヶ京の秋

 前回の猿ヶ京は、4月に予定していた合宿を、コロナの影響で6月に移したため、7月、または8月の合宿が、日にちが近すぎて調整が取れず、結局、11月の昨日になってしまいました。合宿で11月と言うのは初めてで、かなり寒くなることを予想しなければなりません。稽古場は建物も古く、窓を閉め切っていてもどこからか風が吹いてきます。参加者が風邪をひかないか心配です。

 幸いに14日は晴れ渡り、コロナさえなければ行楽日和です。一行9人と、猿ヶ京で待ち合わせる親子二人、それに途中参加の松川さんと、六本木信幸さん、13人による催しです。1時ちょうどに稽古場に着き、いつもなら掃除を始めるのですが、今日は、倉庫にある「峰の桜」を出すために、参加者に手伝って取り出してもらいました。

 なんせ倉庫は道具を積み上げているために、なかなかお目当ての道具を取り出すのも大仕事です。倉庫の中には、3m浮揚とか、怪談手品、壺中桃源郷、一里四方取り寄せの術、ガラスの交換箱、等々、思い出いっぱいの大道具がぎっしり詰まっています。この40年間、睡眠を削って考えたイリュージョンの数々です。

 使わないからと言ってこれらの道具を捨てることはできません。私自身の活動の結晶です。今これを作ったなら、費用だけでも3000万円は下らないでしょう。いや、仮に火災などにあったなら、私の残りの人生の中で、再度制作することなどできないのです。

 その、「峰の桜」は無事に倉庫から出せました。稽古の後、東京に持ち帰って、手順を作ってみようと思います。まだコロナは来年も解決するのは難しいでしょう。あと一年、辛抱して、生きて行く覚悟が必要です。仕事を失ったマジシャンが、映像を生かして、プロモーションビデオなどを作っています。

 それもいいでしょう。然し私は、あくまで舞台人でありたいと思います。映像で間に合うなら、本舞台は必要ないのです。生の舞台の面白さは他に代え難いものです。どんな状況でも、舞台に立つと言う心構えが必要です。たとえ10人20人のお客様でも、そこにお客様がいらっしゃるなら舞台に立ちます。他の手段では意味がありません。

 然し、今、舞台に上がる機会はほとんどありません。そうなら、その日のために作品を作ることが大切です。日頃、新しいことを考える時間がないと忙しがっていたのですから、今こうして時間が出来たなら、じっくり作品と向かい合わなければいけません。と言うわけで、これから峰の桜の制作を始めます。

 さて、2時から5時30分まで指導が始まりました。3本ロープのチームと、リングのチーム、そして手妻のチームに分かれました。3本ロープは私が長く演じていた、伸びるロープと三本ロープを合わせた4分程度の手順です。これは私が実際舞台で演じていた手順で、20代30代のころどれほどこれで稼いだか知れません。

 喋りを交えてのロープアクトですが、初めのロープが伸びて行くインパクトが強烈で、その後の3本ロープも一本のロープから作って行くやり方で、面白い演技です。

 一方リングは基本的な6本リングの演技です。実は、6本リングこそが、この先に覚えて行く、12本リングの原型なのです。複雑な12本リングの演技も、精査して見れば、6本を膨らまして行った作品であることがわかります。そのため、私は、6本リングのできる人でなければ12本の指導はしません。何事も基礎のない所に発展は生まれません。

 と言うわけで、6本リングを指導いたしましたが、改めで、6本を演じてみると、6本は面白い作品だと思います。重要な基礎テクニックがぎっしり詰まっていますし、内容的にも、日常に演じる手順としてはいい作品だと思います。あまりに基本的なために、この手順を軽く考える人がいますが、それは間違いです。6本は軽々に語るべき作品ではありません。まずここがしっかりわかっていないと、リングの良さは伝わりません。

 特に、6本リングの造形は、今でも軽視する人がいますが、造形を軽く考えるのは、西洋のリングの造形作りが、余りに抽象的で、説明が付きにくいものが多いために、造形作りは意味がないと考えているからだと思います。

 ところが、日本の6本手順の造形は、人力車にしろ、三輪車にしろ、形が優れていて、説明すればすくお客様が納得します。実に魅力があります。昨日も、造形を指導すると、みんな面白がって稽古をしました。この辺を実際演じるか演じないかは個人の判断ですが、知識として知っていることは大切です。

 手妻の方は、初めに、着物の着付け、立ち方、座り方、歩いて、舞台中央に出て来るまでを何度も稽古しました。こうした稽古は、日本の奇術家は誰も教えないために、和の世界の基礎を知らないまま、ただ傘や扇子を出すマジシャンばかりが増えてしまいます。それは間違いです。そこから手妻師は育ちません。

 その後、紙片が鶴に変わる手順と、紙うどんを指導しました。紙片と鶴は少々難しいハンドリングがあります。紙うどんは、交換改めの傑作です。手妻の初心者の芸としては秀逸なものです。ここまで指導をして、参加者は町営温泉に出かけました。露天風呂からは紅葉が見事に見えたようです。その間私は夜のための鍋作りをしました、味噌仕立ての豚肉鍋です。晩飯はアルコールを飲みながら雑談に花が咲きました。

 翌日の朝は、飛び切り寒かったのですが、朝食後、利根川の源流まで、散歩に出かけました。息は寒さで縮こまっていましたが、戻ってきたときには体がホカホカしていました。そしてけいこ再開。ランチを食べて、午後は覚えた演技を一人ずつ発表して行きました。午後2時30分に終了。楽しい2日間でした。

続く