手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

峰の桜

針飲み 

 今日(10日)は、13時から東京新聞の取材があります。取材は1、2時間ほどかと思いますが、3時からは習いに来る人が2人あります。その間に奈月が訪ねて来ます。

かなり忙しい一日です。結局私には休みがありません。

 毎日忙しいことは結構なのですが、この先もやらなければならないことが幾つもありますので、その稽古もしなければなりません。今週は猿ヶ京の合宿、来週は、人形町玉ひでのお座敷です。(11月21日、12時から、人形町玉ひで

 玉ひでは毎回、珍しいものを二作は出そうと考えています。今回は、「相生茶碗」と、「針飲み」をして見ようかと思います。相生茶碗と言うのは、コップ釣りと呼ばれている素人宴会向けの一芸ですが、実はこれはれっきとした古典手妻です。今ではアマチュアの宴会芸の扱いを受けていますが、本来の口上を取り入れて演じてみるとなかなかの名作です。要は簡単な芸だからと言って軽い扱いをしてしまって、古典として演じ切る人がいないのです。今回は口上を入れて、昔の型で再現します。

 針飲みの方は、これも古い手妻で、道具が簡易なことから、江戸時代にはこれを演じる芸人は多かったようです。然し、今では演じる人もほとんどなく、貴重品です。これを書物などで見聞きしていて、種だけを先に知って、やり方を知らないマジシャンも多く、私はこれを天海師から習った人から詳細を聞き、譲り受けました。

 実際演じてみると、余りに不思議で、マジックに見えません。昔テレビでやっていた、「世界びっくり人間」のような、変人に見えます。「あれは変な人だから出来るんだ」と、思われてしまいます。そこでめったなことでは演じなかったのですが、何度も何度も同じ仕事場で手妻を頼まれたときなどに、演目に窮したときには時折りこれを出しています。

 芸としては危険術でも何でもないのですが、今となっては評価の分かれる芸です。私は手妻を残す身として、一つの作品として評価すべきものだと思います。但し、終わった後、場の雰囲気が変わってしまうことが問題です。何とか、明るい、楽しい雰囲気に変えて終わるようにしなければいけません。

 

峰の桜

 秋に私のリサイタル公演をします。その時に、今まであまり演じなかった作品を出して行こうと考えています。その中の一作で、「峰の桜」を出そうと思います。

 これは故石田天海師が、昭和10年に、故松旭斎天勝師に依頼されて、天勝師の引退公演の際に披露するために作ったものです。演技自体は、ミリオンウォッチを大掛かりにしたものです。空中から次々と桜の花びらを取り出して、舞台の緞帳に飾って行くものですが、とても一人では緞帳一杯の桜の花びらを出すことはできませんので、二人の助手を使って長唄の吉原雀の相方を使って、派手な踊りを取り入れて、三人で一緒になって桜を次々に出すと言う舞踊劇に変えました。

 踊りの名手だった天勝師の演技と、きらきらとした桜の花びらが舞台一面に飾られるマジックで、引退興行の際には大変好評でした。然し、天勝師以後はこれを演じる人がありません。私は若いころ、その桜の花びらの実物を見せてもらったことがあります。薄い鉄板に鍍金された銀色の花びらで、五枚の花弁はタコ糸で結ばれていました。

 天勝師は、これを掌(てのひら)に数セット握って、一セットづつ、空中から出して見せたそうです。ミリオンウォッチのようにバックパームはしなかったようです。当時の日本のマジックのレベルからしても、バックパームは難しかったのでしょう。また、花びらを緞帳に飾るときに、次の花びらを補給するために、バックで持ってくる動作もなかったようです。

 つまりマジックの不思議な要素はほとんど後退していて、弟子が踊っているすきに、太夫は後ろを向いて次の桜の花を取って来るような動作だったと聞いています。

 この仕掛けを見た時、私は、「いつかこの作品を作ってやろう」。と考えました。それを50歳の時に作り始めました。先ず、桜の花びらをバックパーム出来る仕掛けを考え、手のひらで、空中をつかむと忽然と花が咲きくように作りました。いい具合です。ミリオンウォッチは、バックパームしているサイズのままウォッチが出現しますが、桜の花びらは、空中をつかんだ瞬間、五枚の花弁が広がって、手のひらよりも大きな花びらが出現します。ある意味峰の桜は、ミリオンウォッチよりも良く出来た演技なのかもしれません。

 恐らく天海師も、天勝師もこういう峰の桜を演じたかったのでしょう。もしこの形が理想形であるなら、半世紀以上たって峰の桜は完成を見たことになります。私はその後、5年かけて道具も装置も完成させました。従って、道具は既に私の元にあります。

 然し、演じる踏ん切りがつきません。何が自分を引き留めているのかと言うと、自分らしさがないのです。ただミリオンウォッチを、桜の花びらに置き換えて、桜を出しただけではあまりに内容がなさすぎるのです。ここで、私のいつもの屁理屈が始まり、自分の演技を止めているのです。

 この間も、晃太郎を使って舞台に出そうか、大樹を使おうか、いろいろ考えたのですが、その都度別の都合で演技は人前に出すことはなく、答えが出ないまま止まっていました。道具は猿ヶ京の倉庫に眠ったままです。勿体ない話です。

 ただ、このまま行くと、私の年齢等を考慮すると、もう大きな道具を使って、人を何人も手配して、費用をかけた新作披露は出来なくなって行くでしょう。

 そこでここらがタイムリミットと判断して、いよいよ、作品披露をして見ようと考えました。

 話は長くなりましたが、今年の秋、私のリサイタルで、峰の桜を披露してみようと思います。その手始めとして、今週の集中合宿の際に、猿ヶ京に眠る道具を出して、飾ってみようと考えています。どうなるでしょうか。楽しみです。

続く