手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

スライハンドはなぜ売れぬ 3

  昨日(3日)は、スライハンドの演技時間が短すぎると言う話を半分まで致しました。ここを今日は詳しくお話ししましょう。

 スライハンドの手順が7分、8分で終わってしまうと、クライアントから求められている30分の持ち時間の残り23分は他のマジックを演じなければなりません。

 実はここがスライハンドマジシャンの本当の実力を見せる場なのです。マジシャンがマジックをどんなふうに考えているのか、或いはマジシャンが芸能芸術をどんなものと、捉えているのか、そのことを自身が多面に眺めつつ、素直に心の内を見せるのがこの23分なのです。つまりスライハンドで見せた自分とは別の自分を見せる場なのです。ところが多くのマジシャンはそこで自己の告白もせずに、トリックを見せることで安易な逃げを考えてしまいます。

 あと23分演じてくれ、と言われて、23分の時間を埋めるため、売りネタを買って来て演技を繋いでしまうのです。彼らはその売りネタで作った手順を「営業手順」と称します。世の中に営業手順などと言うものはありません。自身が演じる手順はすべてメイン手順かサイド手順です。メインのスライハンドにくっつけた手順なら、それはメイン手順にほかならないのです。そうであるなら、メイン手順を売り物で間に合わせてもいいのかどうか。よく考えなければいけません。

 

 「いや、見ている人は素人(しろうと)ですから、オリジナルか、売り物のマジックかはわかりませんよ」。と、かつてのマーカテンドーは言いました。そうでしょうか。見ているお客様は、マジシャンが思っている以上にマジシャンの安易な考え方を見抜きます。自分自身が、10年20年苦労して、ようやく一般に認知されたのは、観客の厳しい目に選別されたからこそ今に至ったのではないのでしょうか。

 それが人気を得たからと言って、すぐに初心を見失って安易な演技をして、その先、仕事を得ることが出来るのでしょうか。私は営業手順などと言う言葉を平気で言うマジシャンで、営業をたくさん持って豊かに活動している人を見たことがありません。なぜかは明らかです。そこのあるのは時間のつじつま合わせであって、感動がないからです。世の中を舐めていては成功なんてないのです。

 

 マーカテンドーは、バブル期にNHKのレギュラー番組を持つようになって、にわかにパーティーの仕事が忙しくなったらしく、30分40分の持ち時間のイベントを頼まれるようになりました。そこで時間を満たすために、私のレクチュアービデオをすべて買って、見て練習する度に私に電話をしてきました。「いやー、新太郎さんのビデオは素晴らしいですよ。よく考えられています。これは営業に使うとよく受けますよ」。

 私を参考にしてくれるのは結構なのですが、明らかに時間のつじつま合わせのために私の作品を演じているようでした。特に12本リングを絶賛していました。「あれはいいです。すごいです。全編現象がつながっていますし、迫力があります。しかも5分も持ちます。あんなトリネタ他にはありません」。と、べた褒めです。然しそれを聞くたび私は不安になりました。

 そして彼に、「そっくりそれを真似るのではなくて、君にあった手順に作り直して演じないと、君のイメージからそれた手順になってしまうよ」。と言ったのですが、彼に私の言葉は聞こえません。彼はそのまま演じていました。

 一つのマジックをいかに自分のものにして、自分の世界に組み込んで行くか。その作業こそがプロの仕事のはずですが、作品と正面から向かい合う気持ちが彼に欠けていたと思います。12本リングは本来の昔の手順とは違います。私が改案して、私に向いた手順に変えてあるのです。大変なウケネタですから、それをそのまま演じてもよく受けます。しかしそこに大きな落とし穴があります。自分の世界をどう作るのかと言う命題が飛んでしまっているのです。

 しかも彼は私のリングに感動していながら、私から直接習おうとはしませんでした。ビデオを見ただけで舞台に掛けていました。ビデオ解説は、語るべきことの半分も伝えてはいません。当然です。ビデオは演技も入れて1時間で収めなければならないのですから。あと半分は、習いに来た人の技量に合わせて、少しずつ伝えてゆくものなのです。そうであるなら、プロは必ず直接習って、奥義を尋ねなければいけません。然し、マーカテンドーはそれをしませんでした。

 マジック全体のグランドデザインを作り上げる作業が、どこか彼はおざなりだったように思えます。

 すなわち、マジックのコンベンションに出て、7分のスライハンドで優勝したと言うのは、プロの入り口に立ったにすぎません。スライハンドの手順を生かし、そこからあと23分、どのような世界を作り上げるのか。それが出来て、演技が認知されて、初めて芸能の世界で生きて行けるのです。

 然し、コンベンションは麻薬です。コンベンションで優勝することは世界一になったと錯覚してしまいます。そして、優勝すると急にマジックを舐めてかかります。マジックの商品を買ったり、ビデオで見て覚えて、営業手順と言い出します。然し、これは、明らかに素人の行為です。

 マーカテンドーと言えば世界中のスライハンドを目指す少年たちの憧れの存在でした。然しその底辺にあっものは完全なるアマチュア意識でした。

 NHKのレギュラーを手に入れた時に、一緒に出演するスターたちともっと緊密に付き合って、自身のリサイタルなどを開催して、友情出演してもらい、仲間を増やして行けばいいものを、リサイタルをすることもなく、スターとの交流もなく、イベントも売りネタやビデオネタを演じて時間のつじつま合わせをしているうちに、レギュラー番組は終わり、イベントの依頼はなくなって行きました。

 晩年、仕事がなくなり、コンベンションで一人道具を売っているマーカテンドーが、ある友人に心の内を話したそうです。「僕は子供のころから、上手いマジシャンになれますようにって、毎日神様に祈っていたんですけれど、それは間違いだったと気付きました。本当は稼げるマジシャンになれますようにって、祈るべきでした」。痩せて精気のなくなったマーカテンドーの言葉を聞きながら、友人は悲しさのあまり直視できなかったそうです。

続く