手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

グランドデザインを考える

 昨日(26日)は、和田奈月と、その仲間がやってきて、水芸の稽古をしました。来月のテレビ出演のために、藤山流の水芸をいたします。以前にも奈月は度々私の型で水芸を演じています。然し何年も経つと、振りも甘くなります。そこで、昨日お浚いをしました。また、今回手伝う新しい仲間も稽古をしました。この出演で、奈月の水芸の仕事が増えることを願っています。

 どうも私は今週は忙しく、今日(27日)は、朝から舞台公演の件で打ち合わせがあり、午後からは生徒さんが2人習いに来まます。明日(28日)は、一日中、30日のヤングマジシャンズセッションの稽古。明後日(29日)はテレビ局との打ち合わせ。午後からは道具の荷物まとめ。そして30日はヤングマジシャンズセッションです。コロナ禍の中、毎日忙しいのは結構です。

 

ミスターマジシャン待望論を書き終えて

 昨日まではミスターマジシャン待望論を書きました。これは、マジック界の各セクションに手本となるマジシャンがいて、若手の指針となるような生き方をしてもらいたいと言う思いから書きました。随分反応が良く、900人くらいの反応がありました。

 マジシャンはいかにして、マジックで稼いでゆくかについてお話ししました。今、演じている演技がお客様の求めている演技でない限り、収入にはなり得ません。そのため何を演じるかについてお話ししました。

 その話の流れの中で、コンテストの評価を当てにするなと申し上げました。コンベンションに擦り寄って生きることも、必ずしも成功につながらないと書きました。

 更には、演技そのものを見直す必要があることを書き、絵コンテを描いてみてはどうかと提案しました。その例として、私の手順。大樹の手順を紹介しました。書けばまだまだ色々なことが書けます。然し、ミスターマジシャンはここまでとしました。

 

 コンベンションの問題点

 ところで私がブログを書き始めた時に、一番書きたかったことは、コンベンションについてです。私自身20数年前に日本国内でSAMの組織を立ち上げ、プロもアマチュアも含めて700人の組織を立ち上げました。そして、機関誌を発行し、年次開催で日本各地で世界大会を運営しました。日本で一番大きなマジック団体だったのです。

 しかし私は途中、SAMから離れました。それはコンベンションを運営することの間違いに気付いたためです。そのことは同時に私の人生の失敗でもありました。私が関わったSAMジャパンの10年間は私の人生の成功を遅らせました。

 無論、多くのプロ、アマチュアの皆さんから絶大な信頼を集め、SAMは活動しましたし、今でもあの組織が良かった、楽しかったと言ってくださる愛好家はたくさんいます。然し、私にとってSAMに関わったことは私と私の事務所を疲弊させました。もし、私がコンベンションに関わることなく、別の形でマジック界を支援していたなら、マジック界はもっともっと洗練された社会になっていたでしょう。

 同時に、もし、SAMに関わっていなかったなら、私はもっと大きな活動をしていたでしょう。現実に、SAM立ち上げ後の10年目に、SAMの実務を他の会員有志に任せた時、私はそこでできた時間で手妻の道具製作と、手順作りに没頭し、先にお話しした赤と白の手順を拵え上げ、その年の秋の芸術祭の大賞がとれたのです。私に1年時間があれば、それなりに大きな仕事はできるのです。

 そうならコンベンションに関わったことの何が問題だったか、そのことを書きたいとは思いますが、まだ書けません。余りに人に話せない問題がたくさんあるのです。もう少し時期を待たないと差し障りがあります。数年後に真実をお話ししましょう。

 

グランドデザインを考える

 絵コンテだの、グランドデザインだのと言う話をすると、マジシャンの中には、「それなら誰かに自分の演技のグランドデザインを頼もうか」。と考える人が出るでしょう。当然です。確かに一度自分の手順を第三者に客観的に見てもらって、どうしたらよりよくなるのか、を尋ねることは有意義です。

 然し、自身のメイン手順と言うのは、自身の人生に匹敵するくらいの宝物です。よくよく人を見てアドバイスを求めなければいけません。自分のメイン手順を、演出する、グランドデザインを描いてもらう。となったら、決して、身近な友人や、芸能界での実績を持たないような人に演出を頼んではいけません。

 実績と言っても、マジック界の中での実績ではなく、少なくとも、東宝や、松竹などの舞台で演出を手掛けている先生方に話を持ってゆくべきことなのです。それを恐れて、手近な仲間で間に合わせようとするから、芸能人として大きく扱われないのです。

 

 以前私が、キョードー大阪の社長、橋本福治氏にリサイタルの件で相談したところ、氏はその場で、東京のパルコシアターで一週間くらい公演してはどうかと言うアイディアを出してくれました。そしてすぐにパルコシアターに電話をしてくれました。

 その上で、「演出は誰にお願いしますか」。と聞かれ、咄嗟に人の名前が出ないで躊躇していたら、「三谷幸喜さんでいいですか」。と逆に名前を出されました。びっくりです。「いや、三谷さんなら申し分ありませんが、三谷さんが手妻の演出をしてくれるでしょうか」。「頼んでみましょう、三谷さんは初物には大変興味のある人です。手妻の演出と言うのは日本でまだ誰も手掛けていないでしょうから、日本初と言えば興味を持つと思います」。そう言ってすぐに三谷さんの事務所に電話をしてくれました。

 この時私は、つくづく相談する人は頼れる人に話さなければだめだと知りました。頭の上に重くのしかかっていた黒い雲が一気に晴れたような気がしました。初めから、「無理だ、きっとやってくれない」、と思っていては何もできません。人を介してでも、もっともっと前に出て、能力ある人に接して行かなければ本当の意味でプロではないんだと知りました。三谷幸喜さんは有難いと思うと同時に、自分がその人と話ができる立場になったことを嬉しく感じました。自分が一生をかけて作り上げた手順なら、決して責任のない人に演出を頼むことなどしてはいけないのです。

 プロと言うのは、外の世界のプロと対等に話ができる人のことです。テーブル一つ作るのでも、プロの職人に頼まなければだめです。初作はベニヤ作りでもいいですが、2,3年たって手順がまとまったのなら、プロに本物を依頼しなければいけません。プラスチック製のワゴンに風呂敷を巻いて、ガムテープで止めたような道具を使っていて、プロと称しても誰も信用しません。

 同様に、自分の演技の演出を人に依頼するなら、目いっぱい無理してでも本当の演出家を頼むべきです。そこに予算を投資できないなら、自分自身の芸術性を磨いて、自分で何とかすることです。本当の本物になってください。人は本物を求めているのです。

 

 ちなみにパルコシアターはその後、改修することになり、更にコロナの問題で出演は止まっています。でも、時期を見てチャレンジしてみようと考えています。

続く