手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ミスターマジシャン待望論 8

 大樹が私の所を卒業した後も、彼の活動は決して順風なものではありませんでした。何のかんのとその後3年くらい、私の仕事を手伝いつつ、自分の仕事をしていました。

 大樹は浅草にあった婦志多(ふじた=高級お座敷、今はありません)で、月に一回、自分の会を催していました。口コミでお客様を集め、一回5人とか10人と言った、いたって小さな会を開いていたのです。ところがここに、加山雄三さんが、裏道を散歩するテレビ番組で偶然訪ねて来ました。加山雄三さんはえらく大樹の手妻を気に入り、その番組の大半を大樹の演技に紹介してくれました。この番組に他局が刺激されて、テレビ番組で大樹を使うようになり、大樹は少しテレビで顔を売るようになりました。

 いい流れです。私も何度か座敷で手妻をしていて、テレビに撮ってもらった経験があります。ただ、私が座敷で手妻をするのでは寸法が収まり過ぎていて、当然なのかもしれません。やはりここは、古い料亭で、20代の若いマジシャンが活動していると言うところがテレビ局にとっては新鮮な話題になったのでしょう。

 その後、大樹はマスコミに露出したお陰で仕事も増え、ようやく自活して行けるようになりました。そうした中、2018年にアメリカのペン&テラーが企画している、フールアスと言うテレビ番組に出演して、「七変化」を披露し、そこでペン&テラーに絶賛され、人気に火が付いてきました。その映像は無断使用でSNSで流されたにもかかわらず、1000万回以上の再生を記録し、たちまち海外から仕事の依頼が殺到しました。コロナさえなければ今も海外を飛び回っていたはずです。

 

 この大樹の活動こそがマジック界に大きな成果をもたらしました。今までコンベンションのコンテストに出場して、タイトルを取ることがマジシャンの成功の道だと思っていた若手に、いきなり、マジシャンにとってコンテストは必ずしも成功の道ではないことを実践して見せたのです。もっと外に出て、外の観客を相手にしない限り、本当のチャンスは来ないんだ。と言うことを身を持って示したのです。

 大樹の成功は、近年のマジック界の活動がともすると先行きが見えなくなり、全体に閉塞感が漂っていたいたことに対する打開策であったと思います。彼の活動にすぐ反応して、片山幸宏さんは同じくフールアスにチャレンジして、そこで優勝をしています。片山さんはFISMで第三位を受賞していますが、その後どう活動してよいのか悩んでいたようです。思い切ってアメリカのテレビに出て行ったのは成功です。

 無論、外に目を向けているのは、大樹だけではありません。タンバさんのように、海外の劇場のオーディションに積極的に申し込んで、そこで出演を勝ち取っている人もいます。彼のしている活動こそが、本来多くの芸人が生きて行く方法なのです。とてもいい流れです。もっともっと多くのマジシャンが、マジックの組織や、アマチュアの活動に頼ることなく、外に外に出て行ってくれたらいいと思います。

 

 ただし一つ申し上げておきます。大樹の成功からアメリカやヨーロッパのテレビ番組を狙うマジシャンは増えてはいます。それは間違いではありませんが、大樹の根本の成功はそこにはありません。彼が5人10人と言う小さな会を毎月続けていたことにこそ成功のカギがあります。

 彼は婦志多から頼まれて手妻の会をしていたのではありません。大樹自らが頼み込んで座敷を借りて会を始めたのです。店は別段自分のお客様をそこに呼んでくれるわけでもなく、全く大樹が料金を支払って、自前で座敷を借て会を催していたのです。

 そんな状況ですから、一回一回の公演は利益が出るどころではありません。毎回維持して行くのがやっとだったでしょう。然し、毎回会を開催すると言うことが大きな成功につながります。

 それは、私が今も人形町玉ひでで、20人程度のお客様の前で毎月手妻を見せていることと同じです。それ自体は利益は出ません。しかしそこで会を催していると、例えば、テレビ局が、取材したいとか、私の番組を作りたい、などと言う話が来た時に、

 「藤山さんは今どこに出演していますか」。と問われて、別件で頼まれた会社のイベントのパーティー会場等をテレビ局に紹介することはできません。とは言え、「いえ、どこにも出演していないんです」。と言ったら話は前に進みません。出演している場所がないと言うことは売れていないことになってしまいます。そこで、「毎月玉ひでの座敷で手妻を見せています」。と言えば、テレビ局は「そこを取材させていただいてもいいですか」。と話がつながって来ます。

 これが大きなチャンスなのです。毎月必ず出演している場所がある。しかもそこはレストランや、酒を提供する場ではなく。純粋に「藤山新太郎を見る会」がある。と言うことが、テレビ局の信用を大きくします。多くのマジシャンはそこの価値に気づいていません。「少人数の公演なんかしたって手間ばかりかかって全然儲からない」。と思っています。それは目先の数字でしかものを見ていないのです。

 大樹は私のところで学んでいますから、会の大切さを知っています。小なりと言えども、自分の支持者を集めた場所で手妻を見せる。それが毎月開催されている。これがどれほど大きなチャンスを生み出すかを知っているのです。

 小さな会でも毎月開いて、自分のお客様を作って行くのです。そして、そこで、日頃演じないような珍しい演目を見せて行くのです。毎月のことですから、レパートリーはたくさん必要です。たくさんの演技を持っていれば、あらゆる仕事に対応できます。日頃の努力を惜しんで何もしなければ何も生まれないのです。

 大きな収入を生むためには小さな投資を繰り返さなければいけません。そこを怠るとマジックの活動は急にさび付いてきます。と、私が日ごろ弟子や若手に言っていることではあっても、言葉だけでなく、実践して成功したマジシャンが出て来ると、私の発言も価値を持って来ます。これは私の自慢ではありません。どうしたらいいマジシャンが育つかと言うノウハウを皆さんにお伝えしているのです。

 漠然と将来を悩んでいたり、コンベンションに寄りかかって生きていても、可能性はわずかです。もう少し広く物を見てください。プロになる方法、プロとして生きる道はもっともっと他にあるのです。

ミスターマジシャン待望論 終わり