手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ミスターマジシャン待望論 3 

ミスターマジシャン待望論3 絵コンテを描こう 

 本当は昨日ミスターマジシャンの3を書こうと思っていたのですが、弟子希望の電話が来て、弟子の話でインスピレーションがわき、間に差し込んでしまいました。それはいいとしても、ミスターマジシャン待望論2、のお終いに、絵コンテを描く話をしましたが、話の流れからすると突然重要な主題が出て来て、しかも話が中途半端に終わっています。つまり私が頭の中でまとめきれないうちに勝手に書いてしまったのです。

 この手の散漫な文章を書くとついつい食い足りない文章になってしまいます。済みません。もう一度、絵コンテについて書いてみます。

 

 絵コンテと言うのは、新しい手順を考えるときに、漠然と頭の中に思い描いているアイディアを客観的に見直すために、紙の上に表現して見るのです。これはとても重要なことです。然し、なかなか実践している人は少ないと思います。私の所に習いに来る人や、弟子には、絵コンテを描くことの重要性を勧めています。その理由は後でお話しします。

 私は、たとえ3分の手順を作る場合でも、必ず絵コンテを書いています。3分の演技なら、6枚を書きます。つまり自分の演技を時間経過で考えて、30秒に一回、その時、その時に自分が何をしているかを絵にするのです。

 

 私の手妻の手順でお話ししましょう。

初めは「出」です。どんな舞台設定で、どんな格好をして出て来るのか。手には何を持っているのか。お客様にはどんな世界を想像させるのか。全て絵にかき込んでみます。お客様にファーストインプレッションを印象付けるとても重要な場面です。テーブル一つでも、小道具でも、ありふれたもの、イメージからそれたものは舞台には出せません。緞帳が開いたときから藤山の和の世界が出来上がっていなければいけません。

 次に「発端の演技」です。あいさつ代わりに何か軽い演技が始まります。言葉では軽いと言いましたが、これこそ始めのマジックです。全体を象徴していて、しかも不思議でなければいけません。ここは創作する際に、とても苦しむところです。私の手妻で言うなら、赤い紙を手に丸めると、赤い帯になって空中に飛びます。更に帯がもう一本出ます。この一芸で、お客様を引き付けなければいけません。

 そして次の30秒で「小さな結末」に至ります。出た帯をまとめると、大きな赤い風呂敷になり、まとめるとそこから和傘が咲きます。ここで初めて、お客様は私が傘の演技をするのだと言うことを知ります。ここまでで約1分です。

 次に「バリエーション」の演技です。袖から長い赤い帯を出してその中ほどを蝋燭の炎で焼き切ります。「真田紐の焼き継ぎ」と言う手妻です。赤い帯を出した後に又、赤い帯を出すのですから、変化がありません。然し、蝋燭灯りで絹を焼くと言うのは印象が強く、この絵柄はしっかり記憶されます。30秒

 焼いた帯は無事につながり、まとめた帯の中から傘が出ます。30秒。ここまでで合計1分です。

 次に「ギヤマン蒸籠(せいろう)」の演技です。これは旧来の蒸籠の手順に似せてありますが、全く私の創作です。手妻は箱の中から物を取り出す作品が多いのですが、それを全くクリアな状態にして見せようと考えて作ってみました。ここまでくると、お客様はかなり見たいと言う気持ちが強まっていますので、少しテンポを落とし、ゆっくりガラス箱の中から絹の小切れが出てくる演技をします。小さな絹が3度出ます。30秒。

 小さな絹帯が出た後で、ガラスの蒸籠の中からたくさんの小切れがあふれ出ます。30秒。その後、赤い大きな風呂敷が出て来て、風呂敷の中から傘が出て、見得を切ります。30秒。ギヤマンは1分30秒の演技です。合計3分30秒の手順です。

 これが私の傘出し手順の前半になります。後半には二つ引出し(帰天斎派では夫婦引き出し)と言う古い手妻を演じて、お終いに傘が出ます。ここだけで3分30秒かかります。この引出しも、30秒ごとに、見たさまが変わるように手順に工夫を凝らしています。お終いの傘は、初めの一本目に出した見得と同じ見得を切ります。

 すなわち、初めの一本を出した後、何気に手で空をかざし、雨がやんでいることに気付き、もう傘は不要と思って傘を脇に置きます。いろいろ演技があって、引き出しで、お終いに煙管を加えて、見得を切ろうとしたときに、ポツリと雨が降り出したことを演技で表現します。そこで一本傘を出して、煙管を咥えたまま傘を持って見得を切り。話が元に戻ったことを示して、7分の傘の手順を終わります。

 つまりこの演技は、傘を持っていながら、わずかな晴れ間を見たときに、7分間の遊びをして、お終いに又時雨(しぐれ)が振ってきたために、傘をさして足早に帰ろうとする短かい間の出来事なのです。

 前半の傘出しと、後半の二つ引出しを合わせて7分の手順です。

 

 多くのマジシャンは、手順を作る際に、自分の演じたい道具を並べて、それをどうつなげるかと工夫します。然し、そうして作った手順はどうしても類型的な作品が出来てしまいます。初めにネタありきで、ネタとネタを如何につなげるかと言う作業だけで手順が出来てしまいます。特にスライハンド手順は、カード、鳩、四つ玉、ウォンド、どれも従来のハンドリングを並べて、途中に既製品のトリックを間にちりばめることで手順を作りがちです。

 然しそれでは誰が作っても似たり寄ったりの作品が出来てしまいます。明らかに人と違うものを作りたいと考えるなら、自分が原点に帰って、「自分は本当は何がしたいのか」、心の中を覗いてみないといけません。なまじそこにネタがあるから、ネタやハンドリングに義理立てして、本当にやりたいことを見失ってしまいます。

 先ず世間のしがらみから離れて、自分がしたいことをスケッチブックに描き出してみるのです。当然それは実現が難しい絵空事が描かれます。それでいいのです。その一枚がとても重要なのです。なぜなら、そこに描かれたものはあなたにとっての真実だからです。そこから現実の手順作りを始めるのです。

 

 自動車業界が、ベルトーネジウジアーロと言った工業デザイナーに高額な費用を支払って設計を頼みますが、彼らは、色々自動車会社の条件を聞いたうえで、スケッチブックに簡単な自動車の絵を描きます。それが最終的に一般道路に出るかどうかは未知数です。然し何気に書いた一枚の絵が数千億円の産業を決定づけます。

 ファーストインプレッションと言うものはそれほど大切なもので、自分が語りたいことをたった一枚の絵で表現できたなら、それは名車になり得るのです。と、またも重要な話がお終いに出て来てしまいました。然し紙面がありません。この続きは明日描きます。願わくば弟子入りの電話がかかってこないことを願いつつ。

続く