手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

鰻は野田岩か尾花か

 明日から富士と名古屋の指導に出かけますが、台風が心配です。ひょっとすると延期になるかもしれません。午後に判断を立てようと思います。

 

 17日の玉ひではまだお席があります。目の前でマジックと手妻を楽しむにはまたとない場所です。どうぞご興味ございましたらお越しください。

 

鰻は野田岩か尾花か

 食べ物の話をします。外で食事をすると言うことは、味がいいことは勿論ですが、店の雰囲気が楽しめることはとても大切です。長く続けている店は細部にまでこだわって店が拵えてあって、何度か出かけて行くうちに、「あぁ、こんなところにも工夫がしてあるんだなぁ」。と納得することがあります。50年100年と続いた店はそれなりに独特の雰囲気を醸し出しています。

 さて、東京で鰻を食べるとしたらどこがいいでしょうか。多くの人がすすめるのは、飯倉にある野田岩か、南千住の尾花と言ったところでしょうか。どちらも鰻好きにとってはよく知られた店ですが、店の雰囲気も、味も両極端な店です。

 野田岩は東京タワーの裏手近くにある店で、ここのたれはこってり甘いので有名です。その昔の江戸のアッパークラスの生活をしていた人にとっては、甘みは必要欠くべからざるものだったようで、江戸の料理の好みは、高級店であればあるほど甘みが強かったようです。卵焼きにしても、関西が塩味なのに対して、江戸の卵焼きはお菓子のように甘く作ります。正月の伊達巻も、煮豆もきんとんもべたアマです。

 砂糖が高価だった江戸時代には甘いものイコール高級品だったのでしょう。野田岩はその昔は大名や、旗本などの高給武士の暮らす町の近くにあったためか、昔ながらの伝統のまま、たれはかなり甘めです。

 私の好みからすると、余り甘いたれは好きではないのですが、ここの鰻は別格です。鰻の質と言い、焼き具合と言い、たれの甘みと言い、甘みも、ただ甘いだけでなくしっかりと奥行きを感じさせます。このたれなら少々甘くても十分納得です。

 野田岩は江戸時代から、かれこれ180年くらい続いているお店です。五代目の親父が今も調理場で若い衆をにらんでいます。毎日、細かく焼き具合をチェックしているのです。その甲斐あって上がってくる鰻の焼き具合は均等で見事です。

 時に天然鰻も入ってきます。値段はかなり張りますが、一度は天然を食べる価値はあります。脂の乘り具合は養殖鰻のほうが脂が乗っています。なんせ養殖は毎日たくさん餌を与えていますからよく太っています。一方、天然はあちこち動き回って餌を探しますので身がスマートです。しかも、水草などを食べているせいか背中の皮が緑色をしています。味は天然のほうがさっぱりしていて香りがあります。旨さを言うならやはり天然のほうが味が複雑で旨いと思います。

 いずれにしても身の厚い鰻が見事に焼かれていて、飯の上に乗っている姿はほれぼれします。酒を飲みながら、ちびちびと鰻を箸で割いて、口に乗せた途端にほぐれます。極上の触感です。店も古めかしくて雰囲気があります。値段が少々高めなことはやむを得ないとしても、「やはり東京ではここが一番かなぁ」。と思わせる店です。

 

 と、野田岩だけ見たなら野田岩がいいと言うことになりますが、南千住の尾花に行くと、また様子が変わります。南千住は、かつては水戸街道の第一番目の宿場町でした。

 今では浅草からタクシーでいくらもかからないくらい近い所ですが、昔は江戸ではなく郊外都市だったわけです。その水戸街道に、小塚っ原と言う処刑場があり、かつてはここに罪人の首が並べられていました。そのすぐ近くに尾花があります。

 店は広い敷地に平屋が建っており、昼も夜も一度門を閉ざして店を閉め、その都度お客様は外で行列をして開店を待ちます。予約はありません。開店後にゆっくり行けばよさそうなものですが、人気店のため、その後もずっと行列は続きます。このやり方が店の好みがわかれる理由です。接待には不向きな店なのです。

 店に入ると、大きな下駄箱があり、靴を脱いで、上がり框(かまち)を過ぎると、大きな入れ込みになっていて、広間に四人が座れるテーブルが所狭しと配置されています。このあたりは江戸時代の宿場の鰻屋そのものです。その卓がお客様の入場とともにすぐに満卓になります。さてここから、お客様から注文を取り、それから生きた鰻を捌いて、蒸しにかけ、焼いて行きます。どうせすぐに一杯になる店ですから、事前に捌いて、蒸すまではしておいてもよさそうなものですが、ここはそれをしません。あくまで、お客様が来てから鰻を〆ます。

 そのため、注文してから焼き上がるまで小一時間かかります。これを我慢できない人はここの鰻は食べられません。

 この長い時間をどうするかと言うと、酒と鯉の洗いを頼みます。洗いと言うのは刺身のことです。脂の多い鯉の身を水で洗って、少し脂気を取ります。それを酢味噌でいただきます。川魚は臭いのではないかと思う人もあるかと思いますが、決してそんなことはありません。育ちのよい鯉は臭みなどありません。芸人と同じです。

 広い入れ込み座敷で、鯉をつまみながら酒をちびちび飲んでいるとまるで江戸時代の宿場町で旅の疲れをいやしているかのような錯覚に陥ります。今の東京では全く体験できないような独自の世界です。

 やがて重箱が運ばれてきます。蓋を開ければ飯が見えない程に大きな鰻が見事に焼き上げられています。分厚い身は箸で簡単に捌けます。一口ほおばると、かなり醤油の効いた辛めのたれです。実はこの辛めのたれこそが江戸庶民の味です。野田岩の甘いたれはアッパークラスの大名、旗本の好みです。庶民はこの辛いたれにこそ魅力を感じていたのです。どちらがいいかは個人の好みに任せるとして、今となっては尾花の、これほどピリッと締まったたれはなかなか出会えません。

 開店前に門前で待たされて、店に入っても焼き上がりまで一時間待たされて、待って、待って、出てきた味は文句なく上等の鰻です。悔しいけれどここでなければ味わえない鰻なのです。鰻ファンなら一度は食べてみる価値はあります。

 弟子の大樹が卒業間際に連れて行った店が尾花でした。無論大樹は大感動していました。弟子の間は酒は禁止でしたが、この時から解禁になり、大樹が酒を飲みながら鯉の洗いを旨そうに食べていたのがつい昨日のことのように思い出されます。大樹のすれば卒業と、尾花の鰻の味わいと二重の喜びを経験したことになります。人生の中のいい思い出となったでしょう。

続く