手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

黒いスーツケース

  エースと言うカバンメーカーがあります。今はプロテカと言う名前のスーツケースをテレビ宣伝していますので、ご存知の方も多いかと思います。このメーカーで、今から15年前に最高級の皮を使ったスーツケースを2つ買いました。前々からいいスーツケースが欲しくて、何とか金をためて思い切って買ったのです。黒いスーツケースで、外側に茶色の皮で角あてがしてあり、更に茶色の長いベルトが外から二本締めてあるようなデザインになっています。

 高島屋で一目見た時に、この高級感が気に入って、傘と蝶の手順は是非、このスーツケースに入れたいと思い、2台購入しました。気に入って買っただけに、持って歩くのが楽しくて、国内も海外もどこでも持って行きました。

 但し、その後に、飛行機の荷物の重量制限が厳しくなって、しっかり作ってあるこの手のスーツケースは重量があるため、敬遠されるようになり、重いスーツケースは売れなくなったようです。従って今はこのタイプのスーツケースは販売していないそうです。

 確かに、今、デパートなどで売られているスーツケースは、外観が樹脂製で、へにゃへにゃしていて、「こんな作りで中の道具がきっちり守られるのだろうか」。と不安になります。やはり大切な道具は、丈夫なスーツケースに入れて運ぶべきと思います。

 私にとっては重量制限よりも安全重視です。海外の行く際も頻繁に使いました。しかし、海外の飛行場で担当官が、外の皮ベルトをぞんざいに開けて、カバンの中をチェックした後にちゃんとベルトを締めないために、スーツケースのベルトを挟んだまま、無理にふたを閉めたため、一台のスーツケースのベルトが、ほとんど千切れそうになってしまいました。大事にしていたのに残念です。

 修理に出そうと思っていても、仕事が忙しくて、なかなか修理に出せません。幸か不幸か、今回のコロナウイルスで仕事がなくなり、暇ができたので、スーツケースを修理に出しました。ところがあちこちの皮が痛んでしまって、全部直すと16万円かかると言われました。私がこのスーツケースを15年前に買った時は、新品で16万円だったのです。16万円で買ったものを、皮を取り替えるだけで16万円かかると言うのは勿体ないと思います。それなら最新のスーツケースを買ったほうがいいとなります。

 然し、このスーツケースの佇まいは捨てがたいものがあります。何とか安く修理できる方法ないものかと交渉をしました。取り合えず、切れかかっている皮のベルトだけ取り換えると、34000円かかると言われました。やむを得ません。修理を依頼しました。それが一昨日届きました。

 開けてみると、ベルトだけ新しい物と取り換えられています。その他の皮部分は以前のままです。然し、取り替えた部分との違和感がないように、修理部分だけが目立たないように色が塗られてありました。そうなんです。これです。これでいいのです。

 私はこういう重厚なスーツケースを持って仕事に行くことが長年の夢だったのです。直ったスーツケースを見てつくづく、「あぁ、新しいものに買い替えなくて良かった」。と思いました。長年使ったものが古くなるのは当たり前なのです。然しどんなに古くなってもいいものは汚くなりません。年輪が重なって、歴史を感じます。壊れてしまった部分は取り換えなければいけませんが、古くなったものは古いままでいいのです。最小限の修理で、またこの先、10年は使えるでしょう。

 でもそろそろ、新しい手順を作って、その手順を収める新規のスーツケースも必要かなとも思います。これまで、2,3年に一つくらいづつ、5分程度の手順を考案してきました、しかし、このところ、新規作品ができません。特にコロナ騒動のさ中は、時間がたっぷりあったのですから、作品を考えられたはずです。

 ところが、手順を作りたいと思っても全く体が動こうとはしません。それは私の場合、一度製作を始めると、やりだすと見境なく大きな費用をかけるため、先々を考えると、おいそれと新規製作ができないのです。50代のころまでは、後先のことなど考えずに作品を作っていたのですが、今回のウイルスはつくづく自分が保守に回ってしまったことを痛感しました。

 「あぁ、こんなことではいけない。芸能に生きるものは費用対効果など考えてはいけないのだ。面白そうだと思ったことには無条件に金を出すべきなのだ。自身の芸能のスポンサーは自分自身なのだ。自分で自分の創作にブレーキをかけていては想像は生まれてこない。こんなことをしていてはいけない。ウイルス騒動が去り、仕事が徐々に復活して来ている今こそ、創作活動も復活させよう」。と考えを新たにしています。内に内にこもって小さくなって行ってはいけません。創作に300万円かけても、その舞台が、1000万円で売れれば、十分生きていけるのですから。

 修理の終わったスーツケースを見ていると、また、創作意欲がわいてきました。「少々の苦労はしてはも、一作品を作って、その道具に合った、いいスーツケースを買って、車にズラリ綺麗なスーツケースを並べて、仕事に行こう」。そんな風に考えているうちに休んでいた体が活動を始める意欲がわいてきました。いい傾向です。

 私にとって、スーツケース一つ一つは、それ自体が時間の蓄積なのです。「あの時、あれを一芸にするためにこんな風に考えた」。」「このアイディアをもう少しハンドリングを変えてみよう」。「取りネタに決め手がなさすぎる。もっともっと強烈な演技にしよう」。などと考えて、一作一作作り上げたのです。その時、その時は苦しくても、出来てみればどれも宝物です。秋の公演までに何とか一作作ってみます。

続く