手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

古代のマジック

 須美様、植瓜術の誤字ご指摘ありがとうございました。

 

 今週から舞台活動が始まります。半年近く舞台を休んだと言う経験は、私の人生では初めてです。12日が神田明神の伝統館です。13日は人形町玉ひでです。どちらもお客様が待ち望んで下さっていて、結構人数が集まっています。有難いと思います。

 神田明神は舞台がしっかりしていますので、ステージの演技を演じます。玉ひでの方は30人程度の座敷ですので、小さな作品をじっくりと語り込んで演じて行こうと考えています。同じような演目でも、場所が変わると見た感じも随分違うと思います。特に玉ひでは、私の芸能の集大生として、これまで演じてきた作品で、珍しいものも色々出ると思います。DVDにも残しておこうと考えています。ご興味ございましたらどうぞお越しください。

 

古代のマジック

 古代のマジックと言うのはどんなものなのでしょう。マジック関係者に、「最も古いマジックは何だと思いますか」。と質問すると、「カップアンドボール」「リンキングリング」「コインアクロス(貨幣が右手から左手に移動)」などと様々出て来ますが、カップアンドボールもリングも、出来たのは恐らく室町時代でしょう。日本では江戸時代の初期になって入って来ています。もっと古いマジックは何かと探してみると、

 「見世物研究」(朝倉無声著)の中に、「散楽源流考」(尾形亀吉著)の引用があります。朝倉無声と言う研究家は、およそ世間の芸能研究家が興味を示さなかった、見世物や大道芸などを事細かに調べて世間に発表した人で、この人がいなければ残らなかった資料はたくさんあります。その中の散楽源流考は、文字通り、散楽(さんがく)の初期の芸能を調べていて興味深いものです。

 先ず、基本的な説明を申し上げますと、唐の時代に散楽と言う芸能集団が生まれます。散楽とは様々な芸能を指し、コント、漫才、声帯模写、楽器演奏、奇術、曲芸、軽業、あらゆる芸能を集めたものが散楽です。今日で言うなら雑技団と同じです。これは唐の政府が丸抱えで城の中で育て、海外、国内から賓客が来た時にもてなすために雇っていたもので、いわば国家公務員の芸人集団です。唐以前には、例えば秦の時代などには百戯と呼ばれ、同様に皇帝の城の中で養われていました。その中で、奇術は、幻戯

 (げんぎ、日本では目くらましと読みました)と呼ばれ、散楽源流考の中に9種類ほど古くからの幻戯が解説されています。この中には今も演じられている作品もあり、大変興味深いものがあります。面白そうなのでひとつづつ解説してみましょう。

 

 1、口中吹火(こうちゅうすいか)

 これは現役のマジックです。通常は、火食いとして演じます。ティッシュに火をつけて食べるなどしますが、紙では後の処理に困るため、とろろ昆布に火をつけて、そのまま本当に食べると言う方法を聞いたことがあります。日は燃え盛った後、下火になった時に食べると熱くないと言います。本当かどうか試したことはありません。

 どうしても火食いだけでは手順として盛り上がりに欠けますので、そのあと、口から火の粉が飛ぶ奇術を演じます。これは懐炉灰(かいろばい)と呼ばれる小道具を使います。口に入れられるくらいの小さな懐炉をおがくずと一緒に口に押し込み、息を吹くと、懐炉から炎が出て、口に含んだおがくずに燃え移って、口から火の粉が飛びます。これがゴジラのようで、派手ですので、結構受けます。

 こうした芸は今では危険術になってしまい、余りマジシャンはしなくなりましたが、私の子供の頃は、李彩さんという中国人が時折り演じていました。喋りの達者な人でしたから、面白く演じていました。

 

2、自縛自解(じばくじかい)

 文字通り、紐抜けです。脱出マジックの元祖です。結び方はいくつもあるようです。

 

3、呑刀(どんとう)

 昔の奇術はこうした危険術が多いのが特徴ですが、刀を飲む芸はポピュラーで頻繁に演じられていました。特に仕掛けはなく、口を真上に向けて、喉と胃の中を一直線にすれば、30㎝程度の刀なら入るそうです。刃は怪我をしない程度に丸くしておくようです。事前に鞘を飲んでおくと言う手もあるそうです。30㎝の鉄の棒を呑むと言う、棒呑み言う芸もあります。

 

4、走火(そうか)

 火の上を走る術で、日本では火渡りと言います。主に修験者などが今も見せています。この種の危険術は、道教などの修験者と結びついて、宗教がらみで演じられていたようです。薪を数十m並べて火をつけて、呪文を唱えたり、数珠で気合を入れたりして火の上を歩くのですが、そのまま渡れば大けがをします。実際明治の松旭斎天一が若いころ、火渡りのやり方を知らないまま、やってみたところ大怪我をして、三か月寝込んでいます。火渡りの仕掛けは天一のページでお話ししましょう。

 

5、植瓜術

 地面に種を植えて、水をかけ、布で覆うと芽が出ます。再度布で隠して、水をかけると、弦が伸びます。何度か繰り返すうちに、瓜が幾つも生ります。昔のお客様にはよほど興味だったらしく、世界中にこの術があります。生るものもマンゴーであったり、オレンジであったり、その地方によって違います。仕掛けは同じで、変獣化魚術(へんじゅうかぎょじゅつ)の一種です。(後で解説します)。

 

6、屠人裁馬(とにんさいば)

 馬の首を切ってつなげる術、もしくは馬の口に入って、尻から出て来る術など、詳細はわかりませんが、呑馬術(どんばじゅつ)の原型かと思われます。いわゆるブラックアートの元祖でしょう。

 

7、手為江湖(しゅいこうこ)

 手から水があふれ出る。水芸の原型でしょうか。

 

8、口幡耗(こうばんもう)

 今では口中紡績と呼ばれているマジックです。火を食べたり、糸を飲み込んだりして、そのあと、色とりどりの紙テープを口から出してゆきます。古代のマジックは口を使ったものが多くあります。それは囲まれた場所で、テーブルや、体から種が取れないため、口を使って物を入れ替えるほかには手がないため、頻繁に口を使いました。現代のマジシャンは高知に物を入れたり出したりする芸を好みませんが、実際やってみるととんでもない効果を生みます。うまく生かしたらいいマジックになります。

 

9、挙足堕珠玉(きょそくだしゅぎょく)

 意味不明です。足を上げ下げして、玉を出したり消したり、これに類するマジックを見たことがありません。

 

 以上、9作品が書かれていますが、他にも古代の作品はいろいろあります。見ていると、今でも使っているものがたくさんあります。マジックは大きな変化はしていないと言うことでしょうか。明日はこのほかの古い作品をご紹介しましょう。

続く