手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

五月雨の中

 今時分のだらだらと降る雨を五月雨(さみだれ)といいます。時折晴れ間が出ます。それが五月雨の中(ちゅう)です。また夕方には雨になるそうです。

 帯状疱疹によって、昨日は一日寝ておりました。私の家の寝室は4階にあります。一階はアトリエ、二階は事務所、三階はリビング、四階が寝室。こう書くと豪邸のようですが、13坪の家です。土地がないので上に伸ばしました。4階は日当たりもよく、窓も広くとってありますので、パノラマ展望台のようです。

 東には新宿のビル街が見えます。周囲は住宅街ですので、視界を遮る物はなく、朝は小鳥のさえずりで目覚めます。ところが、日常は、朝起きると、すぐに下に降りて仕事をしていますので、4階の恩恵を忘れています。

 昨日は終日4階で寝ていました。暖かく、とても快適です。私は今まで都内で9回引っ越しをしました。芸人の父親と、幼い子供を連れて、母親は生活が苦しく、安いアパートを探しては転々と引越しをしていたのです。池上で5回、板橋で3回、そして高円寺です。もうこの先引っ越しはないでしょう。9回引っ越しをした中でこの部屋が最高です。そうでありながら、日中のこの部屋を誰も使いません。勿体ないと思います。

 帯状疱疹は薬を飲んではいますが、顔の左側に大きくいぼいぼが広がって、ゾンビの特殊メークのようです。時折頭に電気が走るような痛みがあります。コロナも迷惑なら帯状疱疹も迷惑です。でも、考えようです。昨日は快適な部屋でゆっくり休めたのですから。「これも帯状疱疹のお陰」。と、むしろ感謝しています。

 

指導ビデオは何のため

 指導ビデオに関してお話ししましょう。多くのビデオを出しているマジシャンが勘違いをしていることは、指導ビデオは自分の才能を認めてもらうための手段ではありません。売れる指導ビデオと言うのは、この道でどうにかなった人の演技や、アイディアを学ぶためのものです。初めに演技者としての実績がなければ、ビデオは売れません。

 まだ認知度が未知数で、しかも、才能が評価されていない人はビデオを出してはいけません。先ず自分が演技者として名前を上げるのが先です。知名度もないうちに種仕掛けを公開しては、自分のマジックの神秘性が失われます。

 第一ビデオ販売などと言う小さな成功を当てにしていては大成できません。ビデオがこの道で成功しない人のガス抜きに使われるのは悲しいことです。

 忘れないでください。自分があちこちの人を尋ねて、マジックを学んで、作品をまとめて、演技を発表して、ようやく評価を得ることよりも、ビデオを買って覚えた人はあなたよりも三倍速く一連のマジックをマスターします。教えることは、取られることです。いとも簡単に自分を超えて行ってしまうことです。そんなことに手を染めて、あなたのマジック人生に幸せがきますか。

 

ビデオは人気の余禄

 「じゃぁなぜ、藤山さんは指導ビデオを出したのですか」。そうです。私が指導ビデオを出したのはまとまった資金が欲しかったからです。私は、舞台で、イリュージョンや、手妻を演じて得た収入はすべてチームに入れました。毎年催していたリサイタルの経費、新作の道具代、アシスタントの衣装代。およそ毎年300万円程度の費用は、ビデオの売り上げと、指導料で稼いでいたのです。

 このやり方を20代半ばで作り上げたおかげで、イリュージョンチームを維持できたのです。併せて私の演技を見たいと言うお客様の開拓にも役立ちました。私のビデオは私のファンへのサービスの一環だったのです。私は自分の作品でマジック界に、クリエーターとして君臨したいなどとは考えたこともありません。すべては私の舞台活動をスムーズに進めて行くための手段だったのです。

 

なぜ売れたか

 こう書くと、私は自分の金儲けのために種仕掛けを切り売りしたことになります。ある人はこう言います。「藤山さん、シルク20の売れた時代は、バブルの真っ盛りでしょう。9800円だろうと12000円だろうと、何でも売れた時代ですよねぇ」。

 仰る通りです。いい時代だったのです。アマチュアマジシャンの人口は5万人くらいいましたし、コンベンションに出店しているショップなどの軒並み儲かっていました。

その時代にいい売り上げを作ったのはむしろ当然で、今のクリエーターはだらしがない、と言うのは言い過ぎだと仰りたいのでしょう。

 然し、よく考えて頂きたいことは、そんな時代でも、指導ビデオは一作30本とか50本しか売れなかったのです。唯一島田さんの鳩と、南京玉すだれが500本程度売れたくらいです。私のように、出すビデオ出すビデオ500本以上売り上げたマジシャンはいなかったのです。バブル時代でも、アマチュアがたくさんいた時代でも、売れないビデオは山ほどあったのです。

 

どんな人を育てたいか

 ではなぜ私のビデオが売れたのか。そこには目的がありました。私はスライハンドトークマジックのプロを育てたかったのです。当時の地方都市と東京大阪のマジシャンとでは相当に大きな技術レベルの差がありました。地方都市にいては何がよくて、どうしたらいけないのか、みんなよくわからないでマジックをしていたのです。そこで私が演じたビデオは、単発の作品もありましたが、何作かまとめて、繋げて見せる。手順物をいくつか紹介しました。トークをしながら演じて見せる、セリフも手順の構成も考えて作品を作って見ました。これが多くのアマチュアセミプロから支持を得たのです。

 実際私のビデオを全て買い集め、それを演技に取り入れて、地方でプロになって行ったマジシャンはたくさんいます。ビデオのお終いには、マジックの考え方、演じ方、お客様との接し方など、細かな指示を伝えました。いまだに私のビデオでマジックの考えを知ったと言うマジシャンが大勢います。私はそうした人を育てようと言う目的を前面に出して、マジック指導をしたのです。後にも先にもそうした考えを打ち出したビデオは見当たりません。単なる種あかしビデオではなかったのです。

 つまり自分がどうにかなりたくてビデオを出すのではなく、こう言うマジシャンを育てたいと言う、明確な目的を持ってビデオを出さなければ売れません。

 

 最近何本か若い人のビデオを見ました。人によっては感想を聞かせてくださいと言って来る人もあります。中には面白い作品もありますが、正直、私が感想を伝えるようなビデオはありません。先ず私はビデオを見る時に、「この人は誰をどういうマジシャンにしたいのかな」。と思って見ます。然し、順に見て行くと、対象となる人の顔が浮かんでこないのです。初心者とか、熱烈なマニアとか、マジッククラブの指導家とか、特定のイメージが浮かんできません。全体を見終わって感じることは、

 「この人の対象者は結局自分自身なんだなぁ」。と、思います。自分が作った作品を自分で評価して、自分で褒めているのです。アマチュアにはこんな人は多くいます。これは人の能力を引き上げてあげるビデオではないのです。あくまで自分を自分で褒め上げたいのです。

 こうした人に何かアドバイスをしても意味がありません。ましてや意見がましいことを言ってはいけません。自家撞着している人は決して自説を曲げませんし、自分自身が絶対ですから、人の意見は一切聞きません。うっかり何か言えば一生逆恨みされます。とことん自分のだめを知るまで放って置くしかないのです。

 

続く