手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

顔のしびれ

 ブログがなかなか書けずに済みません。実は、4日前から、顔の左側がしびれ始めたのです。初めは頬から額くらいがマヒしたような感じになって、手で触ると鈍い電気ショックのような反応がありました。気になります。その晩ベッドに入り、夜中に寝返りを打つと、左向きになった時に少し痛みがあります。結局寝ていられませんので、起きて、深夜にブログを書き初めました。

 翌日も顔の左側がしびれたように鈍い痛みを感じます。いろいろ作業をしていても気になります。おかしなこともあるものです。然し、病院は休みですので、いかんともしがたく、月曜まで我慢です。そして夜中に寝返りを打つとやはり痛いのです。また起きてブログを書きます。ブログを書いていてもわずかな痛みがありますから、気持ちが晴れません。

 三日目の晩もベッドに入ると、さすがに二日間寝ていませんでしたので、この晩はよく寝られました。ところが朝起きると、しびれの場所は頭の真上まで来ています。それまでは頬が痛かったのですが、その朝は顔の左半分から頭が半分まで痛いのです。チクチクと痛みます。これは何か神経障害の始まりかなぁ、と思いました。

 昔赤ん坊のころからお世話になっていたお医者さんが、顔面神経痛で、左の頬や瞼が、いつもぴくぴくと動くのが気になっていました。私もそういう症状が出ると、舞台に差し障るなぁ。と思い、とにかく整形外科に行ってみました。

 整形外科には週に一回、肩に注射をしてもらいに通っています。半年前くらいから右肩が痛く、手を上げると少し痛いのです。リングなどを持つと、痛みを感じます。特に、帯を結ぶときに、手を後ろに回し、ひねって、帯の端を引っ張りますが、この時が相当に痛いのです。

日常生活の普通の動きができないと言うのはつらいものです。この時はすぐに先生に診てもらいに行きました。

 「先生、どうしてこんなことになるんですか」。と先生に尋ねると、「年だね」。と、言われました。「え、年ですか」。「うん、年だ、しょうがないよね」。「いやいや、私はそれほどの年じゃざないですよ」。「でもねぇ、人は60を過ぎると、何らかの形で、腰だの、肩だの、腕だの痛みだすんだ。そういう人がいるからうちの病院なんかやっていけるわけ」。年と言うのは少なくとも70を過ぎた人のことかと思っていました。自分がこうも頻繁に病院の世話になるとは思ってもいませんでした。「でも、どうしたら治るんですか」。「注射だね。注射打っているうちによくなるよ」。そういわれて毎週右肩に注射を打ってもらいに通っています。最近は効果も出て来たらしく、前ほどには肩は痛くなりません。良かったと思っていた矢先の左の顔です。その病院で、今日は左の顔の痛みを先生に相談すると。

 「帯状疱疹(たいじょうほうしん)だな」。「帯状疱疹は聞いたことがある病名ですね」。「ウイルスだよ。感染したんなだな」。「でも、このところずっと家にこもっていてほとんど出歩かなかったですよ、感染するとは思えませんが」。「どこかで感染したんだな」。「治りますか」。「治る治る。今いい薬があるから、それ飲んだらすぐ直る」。「顔面神経痛なんかになりませんか」。「大丈夫。薬飲んで、一週間したらまたおいでよ」。とあっさり見たてをしてもらい。薬局で薬を買いました。

 この薬が14錠で6800円もしました。保険で3割負担をしてもらっているわけですから。正価で買ったなら2万円以上の薬です。二錠ずつ飲みますので、一回3千円です。ちょっと見た目が兎の糞のような小さな薬が二つで3000円です。

 3000円あればかなり立派なステーキセットが食べられます。鰺の叩きで、酒一合飲んでも3000円しないでしょう。ウニの小鉢くらいは追加できます。それを思えば、なんと薬は高価なことか。無論不満はありません。帯状疱疹が治ればそれで結構です。ウニの小鉢で帯状疱疹は治りませんから。

 薬局でその場で水を貰い、すぐに飲みました。今のところ効いているのかいないのかわかりません。ただ、晩になって、ブログを書こうかと思う気持ちになっただけ精神的には前進したと言えます。

 と言うわけで、私は帯状疱疹になってしまいました。今日は早く寝るようにします。もし寝られずに夜中に起き出したら、ブログを書くかもしれません。なるべくぐっすり寝ようとは思います。そうなったら、明日のブログは昼頃出せるでしょう。いずれにしても明日また書きますのでしばらくお待ちください。

 

続く