手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

猿ヶ京春のレッスン

 さて、恒例の猿ヶ京での春のレッスンをいたします。予定では4月の11日12日に行いたいと思います。私は猿ヶ京に舞台付きの家を借りています。元々は芸者の検番だったところです。検番とは今は聞きなれない言葉ですが、温泉場のお座敷に芸者衆が出かけるときに、衣装を着替えて、三味線や踊りの稽古を済ませて、そこから各ホテルや旅館に出かけるところが検番です。その晩の宴会に芸者衆が何人欲しいか、ホテルは検番にいる番頭さんに電話をして、人数を揃え、呼んでほしい芸者を指名します。スケジュール調整するのも検番で行います。言ってみれば芸者衆の楽屋であり、プロダクション業務も引き受けています。

 検番は、花柳界のあるところには必ずあったのですが、今は、温泉場の宴会でも、芸者衆を呼ぶことが少なくなり、芸者と言う職業もめっきり減ってきました。猿ヶ京温泉でも芸者の歩く姿を見ることは全くありません。こうして、検番は廃れ、建物だけが残りました。町では、もし、また何かの理由で花柳界が復活しないとも限らないと思ってか、建物を維持していますが、今となってはその可能性もほぼゼロに近いとみんなが認識しています。

 そこで、何か、別の方法で検番を生かそうと言うことで、私が借りることになりました。1階は、6畳の座敷が3つ。事務所と、番頭の控え所があって、倉庫があります。そして二階は20畳くらいの板の間の舞台と、30畳の畳の客席があります。

 もし東京にこれだけのものを所有していたらどれほど素晴らしいことかと思いますが群馬の奥に行かなければ、このスペースは手に入りません。ここでみんなで合宿をして、一日中稽古をします。布団はたくさんありますので、広間で寝ることでよければ宿泊代はかかりません。女性は、下の座敷で寝ても結構です。風呂は歩いて1分のところに町営温泉があり、露天風呂から、サウナから完備しています。食事もそこのレストランで致します。

 参加費は、二日間の指導で1万円。初日2時間、二日目3時間。散歩付き。食事代は2千円(3食)。交通費は乗り合いで行けば一人4千円程度です。

 講習演目は、それぞれ希望のものをご持参下さい。但し、個人個人の技量を見て、無理なものもありますので、その際にはお伝えします。今のところ、11日、朝9時に、高円寺駅に集合。翌日12日、18時に高円寺駅にて解散。二台の乗用車で行くとして、あと4人までは乗せて行けます。ここお越しになるのであれば、新幹線の上毛高原までお越しになれば、お迎えに上がります。車でお越しでしたら、関越道、月夜野インターから17号線を登って行くと、猿ヶ京温泉に至ります。そこから私の携帯にお電話ください。090-3579-6633 お問い合わせは東京イリュージョンまで。03-5378-2882

 

 私と猿ヶ京との縁はもう10年前にさかのぼります。私のマネージメントをしていた、宮澤伊勢男さんという方が、昔、読売広告会社で専務さんをしていらして、宮澤さんは大変なアイディアマンで、2月15日にチョコレートを配る、バレンタインデーを流行らせた人です。バレンタインデーはそれ以前もあったのですが、愛する彼氏に女性、からチョコレートを贈るという発想はそれまでなかったのです。神戸のチョコレート会社から、何か、チョコレートが売れる企画を考えてくれと頼まれて、思いついたことで、幸い漫画が取り上げるなどして、爆発的に大当たりしました。

 この宮澤さんが、猿ヶ京と縁がありました。かつて、竹下総理大臣の時に、ふるさと創生資金と言う、一種の町おこしのために、各市町村に、まんべんなく1億円を配りました。貰った市町村はいろいろ工夫をして、長く生かせる使い道を考えたのです。ある町では、ボーリング(穴掘り)をして、温泉を掘り当てて、町の老人たちに温泉を提供しました。ある町は、神輿を作りました。そして、猿ヶ京は、三国街道の旧道の整備をして、遊歩道にし、利根川上流に公園を作り、温泉の観光に来た観光客に、散歩ができるように整備しました。この事業を宮澤さんは企画したのですが、実はこの後にバブルがはじけて、猿ヶ京の観光客は激減します。その後復活することはなく、せっかく作った公園や遊歩道も今は散策する人もなく、さびれています。

 宮澤さんにすれば、この町とのかかわりはこの時だけでしたが、その後も町が寂れて行くことを心配して、この旧道に立つ古民家を私の別荘として提供することを思い立ちます。かねがね私は古い民家に住んでみたいと思っていたので、この家を気に入り、年に何度も古民家に行き、弟子や、仲間と泊まり込み、囲炉裏に火を起こして、鍋や、岩魚を串にさして焼いて食べたりしました。みんな面白い経験でしたから、とても喜んで参加しました。

 

 その古民家が、何を思ったか、町が、休憩所に使いたいから出て行ってくれと言うことになり、出て行くなら代わりになる場所が欲しいというと、芸者の検番を提供してもらうことになったのです。

 さて、どっちがいいかというなら、雰囲気を楽しむのなら、古民家は最高です。しかし舞台はありません。板の間での稽古です。舞台がある分検番のほうが私にとっては使い勝手が良いのですが、モルタルの普通に作りですから、風情はありません。

 遊歩道と、利根川源流の公園は、古民家からすぐです。朝起きて、散歩に利根川まで歩くと実にすがすがしく、またいつ行っても誰も人が歩いていません。まったく私のプライベートな庭のような場所です。こんな贅沢を体験できるなら古民家を買い取りたいくらいの気持ちです。

 もっとも、検番に寝起きしていても、車で5分かけて古民家に行き、そこから徒歩で公園をぐるっと歩いて、山道1時間コースです。ほんのり汗をかくにはちょうどいい散歩コースです。私は好きでここをよく散歩をします。途中、猿や、子供の狐が出てきたりします。利根川の水は、季節によっても、朝晩によっても、水量や、水の色が変わり、何度行っても同じ風景、同じ水の流れを見ることがありません。

 東京に生まれ育った私にすれば、この町の景色や変化はものすごく新鮮で、おそらく4月の12日ごろは、桜が咲き始めて、盛りの季節になると思います。秋は、奥の山々が紅葉し、これもまた素晴らしい景色です。

 ごく一部の人の思惑で、一帯を開発し、そして、思惑が外れて多くの人が去り、元のさびしい町に戻ったのですが、この寂しさが返って我々には安らぎを与えてくれます。と、同時に、費用をかけて整備された周辺地域が素晴らしく贅沢に我々を楽しませてくれます。私らにとってはとても得難い観光地になっています。バブルの時代も楽しかったですが、バブルが去って、静けさが戻った今も、決してつまらない町ではありません。バブルは決して無駄だったわけではなく、この町を理解している人には大きな恩恵を今も与え続けているのです。

 ただし、この先、芸者の検番が活気を取り戻すことはないでしょう。遠く過ぎ去った夢の跡なのです。でも、それを生かせる我々は幸せです。どうぞよろしかったら、猿ヶ京にお越しになりませんか。きれいな景色をご案内いたします。