手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

コピーの範囲

 一昨日のBIG SESSION以来、何人かのマジック関係者から、アキットさんの舞台が、ティナレナートさんの演技のコピーではないかと指摘されました。そのことについて触れておきましょう。私が見た限りでも、アキットさんの演技は、コピーと取られても弁護のできないものです。

 ただし彼はそれを承知で演じています。リハーサルの時点で私に、「この演技はティナレナートさんに触発されて、自分のイメージで作り直したものです」。「あるとき、僕は、浮浪者の人に興味があって、浮浪者の気持ちってどんなものなのか。直接会って、随分詳しく話を聞きました。その時に、浮浪者の人が言うには、昔、愛する人に先立たれ、とても悲しい思いをしました。その人のことはずっと忘れられません。その人は、自分が眠った時に現れます。自分は愛する人に会いたくて眠ります。夢の中でその人と会っている時が幸せなのです。と、切々と話をしてくれたのです。その話に感動して、何とかこれをステージで表現できないかと考えていたんです。その時、ティナレナートさんの演技が浮かび、それを、男と、女の立場を入れ替えて、僕が浮浪者の気持ちになって、愛する気持ちを語ったらどうなるだろう。と思って作った演技です」。

 アキットさんの言葉通り、その演技は浮浪者が、今はいない恋人を思って恋焦がれる演技になっていました。演技内容は、モップを人に見立てているところ、ぼろのハンカチがネクタイに変わるところなど、相当な部分でティナさんの演技にそっくりです。これをこのままテレビなどで演じたら、すぐに苦情が来るでしょう。私も、「今晩ここで演じるのは今更やめろとは言えないから、やむを得ないけれども、この先繰り返して演じたなら、まずいことになるよ」。と申し上げました。彼も了解したようです。

 

 しかし、しかしです。この先、いくつかの修正を加えて、ティナさんのコピーの要素を削って行ったなら、この演技はありかなぁ、と思いました。と言うのも、アキットさんの演技はティナさんを超えて、一層肉感的なのです。愛を包み隠さず前面に押し出して、心のままに演じているのです。それが見ている観客の心にストレートに突き刺さってきます。「こんなマジシャンは今まで見たことがない、これは大きな可能性を持っている」。と私は思いました。それ故にあえて演技の否定はしなかったのです。

 今までマジック界でノーマークだったアキットさんは、いろいろな点でまだマジック界のルールを理解していない面があります。しかし、だからと言って、この人をつぶしてはいけません。私は、この人は将来的に、大きな仕事をする人だと思います。

 

 私は、リハーサルを見た時に、ティナさんのアクトに似ているかどうかなどと考えるよりも、歌舞伎舞踊の「二人椀久(ににんわんきゅう)」の舞台を思い出してしまいました。かつての中村富十郎中村雀右衛門の当たり狂言です。私は20代の頃、この舞踊を見た時に、見終わって涙が止まりませんでした。舞踊で涙したのは後にも先にもこの時だけです。あの時に感じた思いに近いものがアキットさんの演技にあったのです。

 二人椀久と言うのは、椀久(椀屋久兵衛)と言う若者と、遊女松山との悲恋物語です。久兵衛は松山と言う遊女を愛して頻繁に遊郭に通います。しかし松山は病で命をなくします。それからは久兵衛は気が抜けたようになり、夜な夜な浜辺へ出かけては松山を思い出し、嘆き悲しんでいました。ある晩そこへ松山が現れます。

 久兵衛は喜び、楽しかった思い出を語り、座敷で一緒に舞を舞った思い出などを語りつつ、二人は夜も更けるまで踊ります。しかしうっすら夜が明けかかると松山は消えて行き、それを久兵衛が必死で追いかけ、去り行く松山を捕まえます。そして、いとおしく抱きしめるのですが、よく見ると自分が抱きしめていたのは、松の木にかけておいた自分の羽織でした。久兵衛は、自分の羽織を持って、一人で舞を舞っていた愚かさに気づき、また泣き崩れます。

 

 私は、羽織を眺めつつ己の愚かさに気付き、それでも松山が忘れられない久兵衛の気持ちがあまりに哀れで涙が出ました。人は何と愚かなんだろう。しかし、その愚かさをだれが笑えるだろう。私は、20代の時に流した涙と同じような涙を、奇しくもアキットさんの演技に感じました。私の人生でこんな思いが巡って来るとは考えもしませんでした。それだけにアキットさんにはこの気持ちを大切にしてもらいたいと思います。

 と、同時に、他人のアイディアを借りて自分を語るのではなく、自分の心を自分の表現方法で語ってゆくように考えを深めて行ってもらいたいと思いました。彼ならそれができると思います。

 

 もし、二人椀久に興味がある方は多分、youtubeにも出ていると思いますので、ご覧いただくとよいと思います。ただし長い舞踊ですから、お終いの7分くらいをしっかり見るとよいでしょう。歌舞伎なんてとろくてつまらないと思われる方がいたら、富十郎さんと雀右衛門さんの気迫に満ちた舞踊を見ると息が止まるほど驚くと思います。古典をなめてはいけません。日本人がここまで作り上げた芸術は、世界のどこへ出しても決して恥ずかしくない名作なのです。ぜひご覧ください。

 

 さて、実は、今日は私の誕生日です。65歳になりました。あまりめでたいとも思いません。でも、今まで大した病気もせずに手妻、マジックを続けてこられたことを喜びと思います。ちなみに12月1日は、石田天海師(スライハンドマジシャン)と同日の誕生日です。別段比べられてどうと言うことではありませんが、私にとってはささやかな名誉です。今晩は、娘と女房と外で食事をします。少しだけアルコールも飲みます。