手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ステマって何?

ステマって何?

 

 またまたわからない言葉が出て来ました。「ステマ」?。何ですこれは。調べてみるとステルスマーケティングの略だそうです。そう言われてもさっぱりわかりません。すなわち視聴者の気持ちを知らず知らずのうちに誤った方向に導いて行くことのようです。言って見ればネガティブキャンペーンのようなことだそうで、ネットを使った誤誘導とか、嫌がらせだそうです。

 ステルスとは、隠密行動とか、秘密の装備などと言った、軍事行動や、兵器に使われる言葉のようです。音波探知機に見つからないような装備をすることとか、単純な場合は、迷彩色に戦車を塗装することもステルスの一種なのでしょう。

 そうならマジックのタネが肌色に塗ってあったり、裏が黒かったりするカードもステルスなのでしょうね。はいはい、それならマジシャンにも分かります。ならば、ステルスマーケティングとは何ですか。

 この言葉は広告業界や企業などではかなり前から使われていたようで、ある商品を宣伝するのに、広告とは知られずにうまいこと宣伝をすることをステルスマーケティングと言うのだそうです。こうしたことは日常よく遭遇します。

 新聞記事などでも、記事かと思って読んでいるといつの間にか健康食品の宣伝になっていたり、サンプル購入などの案内に繋がったり。妖しい広告を見ます。それがただ妖しいだけなら気を付ければいいだけのことですが、それが、知らず知らずのうちに特定の人を持ち上げる内容だったり、逆に中傷する内容にすり替わっていたりすると、問題が発生します。

 それがすなわちステルスマーケティングです。先週の自民党総裁選挙で、小泉陣営から、高市候補に対して、ネガティブキャンペーンが発信されたと言う事件が起こりました。そのネガティブキャンペーンを、知らず知らずにネットに流して行く手法が、ステルスマーケティングのようです。

 これを主導したのが、牧島かれんさんで、元デジタル担当大臣です。おやおや、国がらみでネガティブキャンペーンを張って高市さんを拒否していたのですね。それにしても清潔感を売り物にしていた小泉さんとしては大失敗ですね。

 投票前の土壇場で、この件で小泉さんが謝罪する事態となって、随分と印象を悪くしました。でも、そのことが小泉さんが総裁選に敗れた原因ではありません。それはあとでお話しします。

 

 それにしても、ステルスキャンペーンをステマと言うのは変ですね。最近やたらとこんな単語が増えて来て、聞いただけでは何のことかさっぱりわかりません。外国人が聞いても、日本人が聞いてもわかりません。変な造語です。

 しかも、覚えても決して使いたいと思いません。同様に、ネガティブキャんぺーをネガキャンと言う人がいます。これはまだステマよりは判読できますが、だからと言って使うには躊躇します。略語を使うと頭が悪そうに思われます。

 特に70歳を過ぎた人が略語を使うと、それだけで世間に媚びた、程度の低い人に見えます。無分別に略語を使う老人は、若者に支持されるどころか、軽薄に見えます。少しセリフは伸びてもネガティブキャンペーンと言ったほうが信頼されるでしょう。

 きっちり辞書で訳して、適材適所にちゃんと使う方が知性的に感じられます。いや、知性的に見えるからいいのではありません。ちゃんと内容を把握して間違いのない使い方をすることが大人なのです。

 

 それにしても、総裁選挙で、どうしてマスコミや、自民党内の左派議員は小泉さんを応援するのでしょうか。日頃の小泉さんの発言を聞いていると、「この人大丈夫かなぁ」。と思うことがしばしばです。こんな人が海外に行って、海外の有能な政治家と対話するんだと思うと、絶対に総理大臣にしてはいけない人のはずです。

 昨年の総裁選挙でも今回でも、はっきり方向性を持って、ぶれない発言をしているのは、高市さん一人でした。小泉さんは討論となるとまったく精彩さを欠きます。そんな小泉さんをなぜ選ぼうとするのか、日本人は政治音痴なのではないですか。

 小泉さんを推す人たちは、リベラルと言われている人たちだと書きましたが、彼らにとって御しやすいリーダーだから小泉さんを選んでいるのでしょうか。この人を選んで一体日本をどうしたいのでしょうか。然し、そもそもが左派とか、リベラルと言う人たちの話を聞いていると、あれも駄目、これも駄目と反対意見を言うだけで、一体何がしたいのかがさっぱり見えて来ません。

 憲法を守れ、と言いますが、日本の防衛はどうしますか。今のままで中国が台湾に侵攻してきたら、知らん顔でいられますか。仮に何も関与しないからと言って全く被害を受けませんか。台湾進攻が始まれば、アメリカは日本の基地から直ちにジェット機を出撃させるでしょう。そうなったときに、沖縄や佐世保や、岩国は中国から攻撃を受けませんか。もし沖縄が攻撃されたらどうするのですか。

 「我々は平和憲法を守っているから攻撃はしない」。と言いますか。日本が中国を攻撃しないからと言って、中国は日本を攻撃しませんか。そう言っていれば中国が手加減してくれますか。そんなことはあり得ないでしょう。

 彼らがチベットウイグルでどんなことをしたかは、みんなよく知っているはずです。知っていながら他人事と知らん顔をしていていいのですか、やがて沖縄が同じ目にあってもいいのですか。リベラルだの穏健派などと言っても結局何もしない人たちのことではありませんか。

 おかしなことに、そうした人達をマスコミは支持します。でも時代は変わっています。右寄りの政治を軍国主義と否定してそれで抑え込む時代は終わっています。今の若い人は遥かに右寄りな考えを支持しています。反対ばかり言っていてもどうにもならないことを知っているのです。

 それは海外に出て先進国の考えに触れてくれば分かることです。世の中にはいくら話をしてもわからない人はたくさんいます。プーチンさんに「ウクライナを諦めなさい。戦争を止めなさい。このままではロシアは最貧国に落ちますよ」。と話して伝わりますか。

 北朝鮮は毎月のようにミサイルを日本海に飛ばして来ます、その首領に、「ミサイルを飛ばすのは無意味です。一党独裁とその髪型は流行らないからやめなさい」。と言えば彼らは分かりますか。言ってわかる相手ではないでしょう。

 リベラルの人の言うことの限界に日本の国民は気付いているのです。そこが分からないのは自民党の左派の政治家とマスコミです。それが今回高市さんが総裁になったことでマスコミは大慌てです。慌てる理由が分かりません。

 小泉さんと高市さんでは政治家の器量が違いすぎます。それが見えないのは政治音痴なのです。政治音痴が政治を語っていては世間から見放されてしまいます。今のマスコミは批判ばかりで方向を示せないリベラルの典型なのです。

 続く

女性党首誕生

女性党首誕生

 

 昨日(10月4日)、自民党総裁選挙があり、高市早苗さんが党首に選ばれました。選挙のやり方も立候補者も昨年とほぼ同じ、石破さんがいなくなったぐらいの違いでした。結果は高市さんがリードしました。自民党の議員票は小泉進次郎さんが投票数が多く、一般の自民党の会員票は高市さんが最高でした。

 結果として合計で高市さんがリードしたのですが、最終的に一位、二位による決選投票になり、昨年の流れと似ていました。但し、この時点で、三位の林さんの票が小泉さんに乗ってしまうと、昨年の石破さんと同じで、高市さんが次点となり、小泉さんが一位になる可能性がありました(昨年は、一位が高市さんで、二位が石破さん、三位が小泉さんで、一位二位の決選投票で小泉さんの票が石破さんに流れた結果、石破さんが総裁になったのです)。

 然し、どうやらこのやり方に世間の批判が集中したらしく、その意を汲んで半年前、自民党の首相経験者が石破さんを降ろそうとして、集まって相談をした際に、麻生さんは、岸田さん、菅さんらに釘を刺したのでしょう。「もしも昨年と同じことをして、高市さんの総裁選出を遮ったら、自民党は民意を失う。結果として自民党は崩壊するぞ」。と脅したのでしょう。

 実際、昨日、もし小泉さんを推して総裁にしたなら、 民意の反映は名ばかりになって、その後の政策も、岸田石破政権をそっくり継承をする結果になります。それでは自民党は何も変わらないのです。いや、実は、自民党は口では変わる変わる、と言ってはいますが、その実、何も変わらず今のままでいたほうがいいと思っている議員は圧倒的に多いのです。

 それはそうでしょう。自民党自体が既得権を保護して、既得権を持った団体を守ることで成り立っている政党だからです。毎年、企業や特殊法人に、補助金などをせっせとばら撒いて、仕事を作ってやり、貰った企業はせっせと自民党献金をします。

 また、個々の議員には、会社の顧問になってもらい、毎年まとまった顧問料を支払ってくれます。一年生議員ですら、10や20の企業から顧問料が黙っていても手に入るのです。それが一派閥を持った大物政治家となると、顧問の数も百を超える企業が集まります。政治家は、こまめに企業や、特殊法人の面倒を見て、国の事業を振り分けてやるだけで、政治家としての基盤は安泰なのです。

 選挙の票数も他の政党とは違い、一年生議員ですら、選挙をする前からいきなり当選ラインの50%くらいの票が関連企業から集まります。その上、自民党は長年、公明党と連立を組んできたことで、公明党学会票が手に入ります。彼らが熱心に自民党を支持してくれることによって、黙っていてもまとまった票が上乗せされるのです。

 こうして自民党の中で、安定した政治家家業を30年40年と経験してしまえば、誰も変革や、大改革をやろうとする政治家は現れません。自民党は元々保守的な政党ではありますが、同時に憲法を改正して、再軍備を推し進める政党であったはずです。それがいつの間にか、中国や、朝鮮半島の言うことを聞いて、再軍備は後回しになり、中国や朝鮮半島に強い態度に出ないようになってしまいました。

 自民党全体がすっかり骨抜きにされて、保守でもない、リベラルでもない、自分たちの既得権を守るだけの政治家ばかりになってしまいました。かくして、政治家は既得権を親子孫に譲ることにばかり専念して、二世、三世議員がごろごろ増えてしまいました。この80年で日本は補助金まみれ、既得権まみれ、地位も立場も硬直して身動きが取れなくなって行ったのです。

 

 それが間違っているとは知りながらも、どうにもならない現状に、国民全体も飽き飽きしていたのです。それでも、自民党の政策が、少しでも変わって行けば、新たな風も吹いて来るだろうと、ほのかな期待をしていたのです。

 高市さんを危険視したり、悪く言う人は多いのです。元々日本では右寄りな政治家を危険視します。が然し、確実なことは、景気回復のために積極財政を推して行くことは間違いありません。財務省の役人に面と向かって理論的に反対しうる政治家は高市さんを置いて他にはいないのです。それでも今すぐ国の景気が良くなるとは考えられませんが、財務省が抑え込んでいる、緊縮財政に真っ向から反対して、積極財政に出ることは明らかです。

 恐らく一年後には、日本の株価は上がり、円のレートも上がって行くでしょう。新たな仕事に対しての援助も積極的に行うでしょう。逆に安易な補助金は切り捨てるでしょう。防衛費も増えて、ロシア、中国に対抗しうる軍備を備えて行くでしょう。

 憲法改正や防衛費増加を忌み嫌う人も多いのですが、それが出来なければ、日本の安全や平和を維持することは不可能です。アメリカとの協調も今のままでは維持できません。平和平和と御題目を唱えているだけでは平和は来ないのです。世の中の先進国がしていることと同じレベルまで日本の防衛や外交を引き上げない限り、日本が今の経済や政治を維持して行ける道はないでしょう。

 外国人の労働条件も今よりは厳しくなるでしょうし、法律を守らない外国人は即座に国外退去させる法律を作らなければならないでしょう。それが出来なければ、欧州先進国と同じように、国自体が混乱して行きます。

 

 公明党が連立を断って来ても、恐れるには至りません。国民民主党と参政党と政策合意を結べば、自民党は十分維持できるでしょう。当然自民党内は、新しい政党が加わって来ることで不満も続出するでしょうが、自らの党(自民党)が変わらなければ先がないことを知れば、一年もすれば、不満は納まるでしょう。

 何にしても、新しい党首を迎えたことで自民党は息を吹き返すでしょう。私のブログでたびたび高市さんを取り上げて来たことが、今回達成できたことは喜びに堪えません。高市さんは歴史に残る総理大臣になるでしょう。まずはめでたしめでたし。

 藤山新太郎

習うこと

習うこと

 先週、安田明生さんの話をしましたが、10代20代の頃の私は、時間を作っては先輩の家を訪ねて、マジックを習っていました。ある種、習うことを習慣のように義務付けていたのです。それは私がまだ小学生の頃、親父が何気に私に話してくれたことで感心した話が発端でした。

 「昔、三遊亭歌笑(さんゆうていかしょう)と言う噺家がいてね、こいつがまためちゃくちゃ売れていたんだ。戦後昭和20年ごろから売れ出してね、当時、ラジオに毎日のように出ていたんだ。終戦後でみんな飢えていた頃に、とにかく売れて売れて、楽屋でも光輝いていたよ。

 その歌笑は偉い男でね。楽屋で芸人が雑談をしている時でも、ちょっと面白いことを言う芸人がいると、『今の話面白いね、その話使ってもいい?』なんて言うんだ。俺は当時若手でね。そんな若い者にでも『その話使わせてよ』って頼むんだよ。

 「あぁ、いいですよ」。って言うと、『じゃこれお礼』、と言ってその場で500円くれるんだ。当時、勤め人の月給が、3000円くらいの頃の500円だよ。1000円札なんてない頃で、百円札で5枚くれたんだよ。今の3万円くらいの価値かな。その金を無造作にくれるんだ。楽屋の雑談が金になるなんて、こっちはびっくりだよね。

 当時、歌笑はラジオに出ずっぱりだったから、いつでもネタが欲しくてほしくてたまらなかったんだな。だからどんな話でも小耳に聞いたら、メモしてネタにしていたんだ。そして若手に対してもすぐに金を出してネタを買っていたんだ。若手にすれば、歌笑は金をくれると知ったら、今度は面白そうな話を持って行って聞かせるようになる。そうするとすぐに買ってくれた。あの人の勉強熱心さは感心したよ」。と言っていました。

 三遊亭歌笑は、戦後すぐに売れ出して、爆発的な人気を得た人で、極度の弱視で。顏はくしゃくしゃとした人で、顔を見ただけで人が吹き出してしまうような、得な顔をしていたそうです。その人が純情詩集などと言う、ロマンチックな小話をするために、これまた観客が大笑いして大人気。ところが余りの弱視のために銀座通りを横断中に、米軍のジープにはねられ、即死。信号無視のため、米軍からは何の保証もないまま亡くなってしまったそうです。昭和25年のことでした。売れたのはわずか5年間でした。

 

 私が何が言いたいのか、と言うと、私は子供のころに親父からその話を聞いてから、どんな時でも、どんな人にでも、習う姿勢が大切だと知ったのです。そして習うためには、僅かでも授業料を支払う癖を付けなければ、人は決して若い者の見方になってはくれないと知ったのです。

 習うためには、一見何でもないことでも、自分の役に立つと思えば、その場で金を出して相手に礼を示す。金を貰った仲間は感謝をして、次にまた新しいアイディアを持って来るようになる。そうして知らず知らずに自分の周りにアイディアが集まるような環境を作って行く。そうした日々の行動がその人の芸を大きくすると知ったのでした。

 以来私は、積極的に人にマジックを習いに行くようになりました。何かを知っている人の話を聞くと、出かけて行って指導を受けます。習ったならすぐに謝礼を支払います。私は18歳くらいの時から、何かを習うたびに5000円、1万円を支払いました。勤め人が給料3万円くらいの時の1万円です。私にとっては大金です。

 すると、大先輩でも、有名なマジシャンでも、とても熱心に教えてくれたのです。松旭斎の師匠方もそうでしたし、前回話をした安田明生さん、松浦天海さん、などもそうでした。

 松旭斎の先輩方は、初めは出掛けて言っても何も教えてはくれませんでしたが、せっせと謝礼を支払っているうちに、今度は相手から指導のお誘いが来るようになって行きます。

 当時私の仲間が、私があちこちの師匠に指導を受けているのを見て、「どうやって君は○○さんからマジックを習えるようになったの?」。なんてよく聞かれました。私は、「まぁ、何だか知らないけど良くしてくれるんだ」と、とぼけていましたが、タネを明かせば、謝礼を支払い続けただけなのです。

 それは私が生活が豊かだったからそれが出来たのではありません。金はいつも足らなかったのです。その当時の同じ年の仲間たちは、習うこともしなければ、謝礼を支払うこともしていませんでした。マジックの世界は、道具を買うことでマジックをマスターするようになり、人から習うと言うことが消えて行った時代でした。

 私は仲間が道具に金を投資する分、指導に費用をかけていただけなのです。その後もずっと指導を受け続けました。それはつい三年前まで実践していました。大阪で私が指導をする際に、帰天齋正華師匠の所に伺い、帰天齋の芸を学んでいました。

 人に教えつつ、同時に学んでいたのです。人から学ばなければ知識は手に入りません。ビデオや本の知識は一方通行です。種仕掛けは分かっても、それ以外何一つ答えてはくれません。本当に自分に役立つ知識は人の言葉からでしか聞けません。

 教えてくれた先生が学んでいた当時、何を苦しみ、どう学んだかが同時に学べることが作品に厚みを増すのです。人から習った知識は、師匠の人生が重なって来ますので貴重なのです。それは後々大きな財産となって行きます。

 それゆえに人から直接学ばなければ芸能芸術にはなりません。教えてくれると言うことは有り難いことなのです。人から習っていない人が指導をするのは、余り信用できません。習わずに、ビデオや、道具から得た知識では、先人の知識が見えないために、完成度が低く、芸能としては味わいに欠けます。

  大切なことは、誰から習ったか、そこが明確でない指導家の知識は信用できません。色々なマジックの知識、アイディアを手にれることは自由ですが、直接習った知識と言うものは別格の重みがあります。そうした重みのある芸を一つ一つものにして行く事こそ自身の芸を大きく分厚いものにして行くのです。

 続く

安田明生さん

安田明生さん

 

 マジック愛好家でも安田明生さんのことをご存知ない方も多いかと思います。実際何をした人かと問われても、プロマジシャンではないし、マジックショップのディーラーとして、レクチュアーの指導家として、ずっと目立たない活動を続けて来た人でした。

 それがなぜ私が安田さんのことを書くのかと言うと、一つは、私は10代の頃から、安田さんからたびたび、古いマジックを習ったのです。ピラミッド、メリケンハット、などと言う、昔からあるマジックのハンドリングや、ダイヴァーノンのシンフォニーオブザリング、などを教えてもらったのです。

 

 顔の丸い、目のくりっとした親しみやすい顏の親父さんで、私よりも20年歳位年上の人でした。初めてお会いしたのは、名古屋の丸栄デパートで、そこにマジックショップを出していて、紐抜けのさいころを買った時に、幾つかマジックを見せてもらい、知識の豊富なことを知って、その後、たびたび指導料を支払って、マジックを習うようになったのです。

 当時私は年に数度、名古屋の大須演芸場に出演していて、10日間大須に出ると、地元の芸能事務所が、5日間くらいキャバレーの仕事を紹介してくれました。私に取っては演芸場の出演料と、キャバレーの出演料が同時に入って来るので、とても大きな収入になりました。そこで、そのギャラから、安田さんや、同じく名古屋に住む、松浦天海先生に授業料を支払ってマジックを習うようになり

 日中は演芸場に二回出演し、夜はキャバレーで5日間、一晩に二回出演し、間を縫って、松浦天海先生と、安田明生さんにそれぞれ数度、マジックを習うと言う日程は、当時の私としてはとても充実した毎日でした。

 

 その後、安田さんが東京に出て来るようになり、新宿の小田急デパートでディーラーをするようになると、私は自分が出演している松竹演芸場に、安田さんを招いて、人がいなくなった楽屋でマジックを習いました。当時は熱心にいろいろなことを習ったのです。

 指導の巧い人で、分かり易い教え方でした。少なくとも松旭斎の師匠連中の三遍教えのような、荒っぽい指導ではなく、細かな部分まで丁寧な教え方でした。そうなら、指導家として名を成して行けそうなものですが、ご自身の生き方はどこか腰が引けていて、地味だったように思います。

 そもそもデパートのディーラーと言う仕事が、昭和50年代の末にはもう安定した収入が望めないような状態でしたから、名古屋から東京に出て来ても、ディーラーをしていては生活を維持することは容易でなかったと思います。それでも東京に出て来たことで、アマチュアの数は名古屋よりもはるかに多かったでしょうから、せっせと生徒を集め指導して、生計を維持できていたようです。

 安田さんは私を評価してくれていて、私が時折飲食をお誘いすると、「おまいさんは若い頃の引田天功さんの様な輝きがあるよ。売れる顔をしているよ」。と、褒めてくれました。何の実績もない若者にとってその言葉は励みになりました。

 その後も会うと酒を呑みに行くことがしばしばありましたし、私が高円寺に引っ越してからも、偶然安田さんも中野のアパートに引っ越してきた縁もあって、何度もお会いする機会がありました。

 「見えない糸」と言うトリックが流行したときには、いち早く素材を探して来て、元値10円くらいの繊維を、4000円とか5000円で販売して、随分大きな収入を得たようです。但し、思えばその見えない糸を売っていた時が最も安田さんの輝いていた時のようでした。

 すなわち、見えない糸の成功が、安田さんの生活を派手なものにしたらしく、儲かった資金で派手に遊び、いろいろ道具を作っては販売を始めます。然し、余り商売の巧い人ではなかったようで、この頃から金銭的なトラブルを聞くようになりました。私は安田さんから距離を置くようになりました。

 純粋にマジックの好きな人でしたし、人として見ても悪い人ではなかったように思います。ただ、あれだけ色々なことを知っていながら、それらを一つでも自分のものにして、指導家として、あるいはショップとして一家を成すような仕事につなげることが出来なかったようです。

 無論そんな人はマジックの世界には山のようにいます。ある時私は、「安田さんは、プロ活動したことはなかったのですか?」。と尋ねました。すると「そんな時期もあったよ。でも、俺はプロには向かなかったなぁ」。

 「どうしてですか、これだけいろんなことを知っていたら、十分プロとしてやっていけたでしょう」。安田さんはじっとうつむいたままでした。「自分のスタイルを作って、プロ活動をしていれば、理解者も出来たんじゃぁないですか?」。安田さんは「うーん」と言ったきり、黙して語ろうとしませんでした。その表情は僅かに歪んでいて、ニヒリズムさえ感じました。

 さてその後、東京であちこちに借金を作って、中野に居られなくなり、北海道に拠点を移します。安田さんは北海道でも小道具の販売をして、指導をして生きていたようです。その頃私は、SAMの組織を興して、札幌で世界大会を開催しました。その時久しぶりに安田さんにお会いしました。頭髪はもう真っ白で、口ひげを生やし、見た目はアンパンマンジャムおじさんのような好々爺になっていました。

  「あぁ、いい形で年を取ったんだなぁ」。と内心安心しました。その大会会場のホテルで酒を呑む機会があり、いろいろ昔の話を伺いました。その時私が、「安田さんは指導や、道具販売を続けたことで幸せだだったんですか?」。と随分失礼な質問をしました。

 すると、「いろんなことをしたけどね。でもいい時期と言うのは一つもなかったなぁ。何一つ成功したものはなかった」。と言いました。あのころ60代半ばの人が、人生を振り返って、いい時が一度もなかったと言った言葉は忘れられません。60代半ばなら、まだこの先もやりようによっては成功する可能性はいくらもあっただろうに、心の奥はすっかりあきらめが見えました。

 その後、亡くなった話は噂で聞きました。マジックの世界で表舞台に立つことなく、陰で生きてきた人生は本当に幸せだったのか。先ほど晩年の安田さんは、ジャムおじさんのような好々爺だったと書きましたが、漫画ならそのように平明に書くことが出来るでしょう。

 でも、生きた人間は、どんなに穏やかな顔をして見せても、そのわずかな仕草や表情の奥に、悲しさや、人に言えない苦しみ、孤独、寂しさがほの見えました。今、私が安田さんの年齢を超えて、ふとあの時の安田さんの顔を思い出します。幸せな老人と言うのはどんな人なのでしょう。

 続く

魔法の力 まもなく2か月

魔法の力 まもなく2か月

 

 youtubeに動画、「魔法の力」の配信を始めて今月末で2か月を迎えます。今のところ10日、20日、30日の三回配信しています。毎回新しい画像を出すと、それにつれて前の回を見る視聴者が増えて行きます。毎日視聴者が何人集まったか見るのが楽しみです。

 早くも第一回の視聴者が累計2000人に達しようとしています。(恐らく今日か明日にはそうなるでしょう)初めの内は、一作に500人も集まれば成功と思っていましたが、二か月で2000人です。予想以上の反響に感謝です。

 但し、視聴者の少ない回もあります。話がマジックから離れると覿面に視聴者の数が減ります。話の内容は全体のテーマを解説してゆく形式になっているので、順に見て行かないと内容が理解できないはずですが、どうして飛び飛びにご覧になるのか、反応に山谷があるのが不思議です。本を書くのと、動画とでは視聴者の好みが違うようです。面白い傾向です。

 話の内容がマジックから離れることは、今のところ視聴者の数を落としていますが、実は、私とすれば、外の人の興味をもっともっと集めたいのです。私がマジックの話をしている限りは、安定した視聴者が集まります。然しそれはごく狭い世界の安定に過ぎません。もっともっと多くの視聴者を集めなければマジックの世界を外の方々に伝えることができないのです。

 

 youtubeには、口コミ宣伝してくれるリーダーがいます。何人かは私と縁のあるマジシャンや。会社経営者の仲間達です。そうした人達が、私の動画を見て、「この回は面白い」と、ツイッターをしてくれるとたちまち100人、200人の視聴者が一瞬で増えます。

 私のブログですから、マジックに関連した内容が多いのですが、本当のことを言えば、マジックに限らず、いろいろなことをお話しして行きたいのです。余りマジックの話を専門的に突っ込んで話すと、逆に一般の視聴者が増えません。

 マジック愛好家の好みは、トリックやイフェクトのことに集中します。無論それはそれで興味の尽きない話ですが、そこばかりを書いていると、視聴者は毎回で二、三百人しか集まりません。仮にこれが五百人八百人に増えたところで、微々たる数です。八百人と言う人数は、私が日常参加しているマジックの催しの中の知り合いの数に過ぎません。少しも新しい人を開拓していないのです。

 マジックの話をするのでも、視点をずらして、多くの人に共通する話題を選んで行かないと視聴者は増えません。マジックの話をしつつも、マジックの視点で、外の世界を語るようにしないと人との接点は作れないのです。

 幸い私の話は面白いと言って下さる人が多いので、もう少し魔法の力が世間の話題になるまで続けて行こうと考えています。

 

 先日、前田知洋さんの話題を動画に出したときに、前田さん自身から電話がありました。「僕を話題にするなら、僕を出してくださいよ」。と言われました。「でもねぇ、今やっていることは全くのボランティアで、何もお礼が出来なんですよ」。「お礼なんていりませんよ。一緒に話が出来れば楽しいんです」。

 知りませんでした。無償で協力してくれる人が出ようとは考えもしませんでした。正直、魔法の力はまだ海のものとも山の物とも評価の付いていない動画です。早くもそこに協力者が現れるとは思いもよりませんでした。

 マジシャンと話をする時に、10代のマジシャンですら、出演の話を持ちかけると、「幾らくれますか」。とギャラの話から始まります。ギャラを支払わないものではないですが、支払う以上はマジシャンがたくさんのファンを持っていて、その人のバリューで人が目に見えて大勢集まるマジシャンでない限り、ただマジシャンだからと言って言い値のギャラを支払えるものではありません。

 ギャラは実力の代価です。その人を使うことでチケットが売れなければギャラは支払えないのです。そして私自身は、ギャラのためにマジックをする人はどうでもいいのです。魔法の力のような、実験劇場のレベルのものではギャラなど発生する余地はないからです。

 むしろこの企画はまだ混沌としています。その中で何か新しいものが誕生する瞬間こそが面白いのであって。今までなかったものを生み出すことに喜びを見出せる人でない限り、仲間に加えることは出来ないのです。今私のやっている活動は、これまでの人生で数度しか経験したことのないような、10年に一度来るか来ないかのスリリングな体験なのです。

 多くの人の知らない、芸能の内側を科学しつつ、解明して行く面白さがそこにあるのです。そのことはかつて、「そもそもプロマジシャンと言うものは」、という書籍で既に実証しているのです。

 でも、実は文章で書き上げたものは、多くは無駄を省略をして、簡潔にまとめ上げているために、不要と思われるエピソードを切り落とした部分が山ほどあります。ところが、芸能と言うものは、実は、世の中の役に立たない、どうでもいいような話、すなわち切り落としたものの中にこそ旨味があるのです。物の役には立たなくても、何とも旨味を感じる、と言うところが芸能の面白さなのです。芸能とは何が面白いのか、そこを語って行くのが魔法の力に柱の一つなのです。

 

 協力したいと申し出る人は有り難く感謝します。然し、今やっていることは壮大な実験なのです。その実験に参加できることをチャンスと思える人でない限り、魔法の力に出演の依頼はしません。無論、大看板の人ならば、こちらからお願いをすることもあります。ギャラもそれなりに用意します。但し今は到底無理なのです。

 前田さんは看板マジシャンですので、ボランティアで出演を求めることは出来ません。それでも、声をかけて欲しいと言ってくれるのは有り難いことです。近々お願いするつもりです。次回の配信は30日です。お楽しみに。

 続く

 

舞台が暗い

舞台が暗い

 

 イタリアのFISMに行った人のステージマジックの反応が、「みんな舞台が薄暗くて、見にくかった。どの演技もあんなに暗くしなければ演技ができないなんておかしい」。と言っていました。

 舞台全体が薄暗いのは韓国や、台湾のマジシャンによくある流れで、そうした演技は、元はと言えば日本の学生マジシャンが発表会で糸や、黒いカードを使用するためにそうなったのだと理解していました。それがいよいよ欧州の人たちにまで影響が及ぶと言うのは、どういうことなのか。

 私の見るところ、欧州もアジアもアマチュア化してしまって、ステージを自分に都合の良い環境に作り直さなければマジックが出来なくなってしまったのではないかと思います。言葉を変えて言うなら、自分の条件が満たされない場所では不思議が作り出せないのです。

 アマチュアマジック団体が行う、年に一回の発表会や、コンベンションのコンテストなら、自分の希望通りの舞台を拵えて不思議を達成出来ても、例えば一般的なホテルのパーティー会場などでは彼らのマジックは出来ないでしょう。つまり彼らの演技は、どんな現場のショウにも対応できるようには作られていないのです。

 学生のマジッククラブがかれこれ1950年以降にたくさん生まれ、今では70年以上の歴史があります。そうであるなら、極めて多くの卒業生がいるはずなのですが、そのOBと言う人たちが、あちこちでマジK儒活動をして、ボランティアなどでマジックを見せているかと言えば、どうもそうではないようです。

 学生マジシャン御好きな分野は、スライハンドマジックが多く、見せる場が限られていて、簡単な会社の宴会場などでは演じにくいのでしょう。いつの間にかマジックを見せることを諦めてしまい、マジックに関与しなくなってゆきます。かくして、OB達は、マジックに返ってこようとしません。

 年に一回のマジック発表会も大切ですが、学生マジシャンが実用的なマジックをたくさん習得したなら、マジック愛好家はたくさん増えるのに、勿体ないですねぇ。鳩出しや、カードマニュピレーション、シンブル、ウォンドばかりがマジックではないはずなのですが、学生の種目は偏っています。実用的とは言えません。

 

 何が言いたいのかと言うなら、学生マジシャンの演技は、どんな仕事先にも対応できるようには作られていないのです。同様に韓国のマジシャンです。実際に、私が度々韓国のマジシャンを招くと、照明の段取りに多くに時間が費やされます。それが舞台の演出上どうしても必要な照明であるなら納得も行きますが、ほとんどの場合は糸ネタ、黒ネタを隠すための照明なのです。

 せっかく海外から招いたマジシャンの演技がタネがばれてしまっては意味がありませんので、私としても最大限照明の協力はしますが、見ていて、ここでどうしても糸ネタや黒ネタが必要なのか疑問に思います。ほとんどの場合はあってもなくてもどうでもいいのではないかと思ってしまいます。

 ボールがスリーブの上で移動するだの、カードが空中を浮遊するだの、そうなったら不思議は不思議ですが、その時だけ舞台全体が暗くなれば、素人にすれば、なぜそこで照明が暗くなるのか、理由が分かりません。ただ単に不自然だと思うだけです。つまり、演技上舞台を暗くする理由を考えた上で照明を落とすなら誰もが納得しますが、意味なく、余りに身勝手な照明操作をしてしまうのです。

 こうした演技では、観客の理解が得られようはずもなく、ただただ見にくい、煩わしい、不自然な演技が繰り返されるのです。そして、こうしたマジシャンは、照明操作の利かない舞台では演技が出来ないのです。

 例えば、理解ある会社の社長さんと出会って、社長さんの会社のパーティーでマジックを依頼されても、照明機材がきっちり揃っていなければ演技は出来ないのです。照明だけでなく、横から見られたらできないとか、背景が白い壁ではできないとか、出来ない条件を並べ立てて結局演技が出来ないのです。

 まるで我儘な王子様のようなマジシャンがやって来て、演技ができない理由を並べ立てて、ここではショウは出来ないと言ったら。そんなマジックをみんなが暖かく見守ってくれるでしょうか。正直、会社の社長さんはマジシャンに失望するでしょう。

 私は韓国のマジシャンを見る度、この人たちはどんな仕事先で公演をしているのだろう。と思います。恐らく彼らの希望を満たす舞台と言うのはほとんどの舞台活動では存在しないのではないかと思います。年に数回、マジック愛好家主催のマジックショウに招かれて演技をするのがせいぜいではないかと思います。そんな活動では舞台で生きて行くことは不可能でしょう。

 彼がアマチュアであるならどんなマジックをしようと構いません。でも、プロ宣言をして活動していては上手くは行かないでしょう。プロで生きるなら、どん欲に観客を捕まえて、何がなんでもショウを作り上げて、不思議を見せようとする人たちでなければ生きては行けないのです。そうしたマジシャンがアジアにも欧州にたくさん出て来て、プロ活動して行かなければマジックは普及しないのです。マジシャンのアマチュア化が進んでしまい。一般に通用するマジシャンが出て来なければ、マジックは死滅してしまうのです。

 

 ステージマジックがなかなかいいマジシャンが出て来なくて、どんどんアマチュア化している時代ではあっても、何とか、カリスマ性のあるマジシャンが欲しいと思います。然しそれには、マジックを演じられるいい舞台がたくさん必要です。どんどん舞台活動が少なくなってゆく現実の中で、いいマジシャンを望むのは、無理なのでしょうか。

 いやいやそうではないと思います。ほんの数人、熱意あるマジシャンが育ってくれば、きっとステージマジックは復活します。まずは何とか人の育つ環境を作って行きたいと思い30年以上も活動を続けています。そろそろ成果が出て来そうです。

 続く 

総理の椅子

総理の椅子

 

 石破さんがようやく総理大臣の椅子を明け渡しました。総理大臣になるには、国会で過半数議席を持っている党の総裁にならなければなりません。然し、自民党はこの一年で衆議院参議院過半数を割っています。

 そうなると、次の総裁選は、党内で総裁に選ばれても、国会で他の野党と連携し、野党の票を借りて、国会での選挙をしなければ総理大臣になれません。

 これまでも、度々自民党過半数を失い、他の政党と連立を組んで過半数を維持してきました。具体的にはこの十数年、公明党と長らく連立を組んで政権を維持してきたのです。石破さんも、そうしてめでたく総理大臣になって、ご当人としては政治家として頂点を極めたわけです。

 ところが、一度総理大臣を経験すると、何とか、一日でも長く今の地位を維持したいと考えるようです。石破さんはこの一年で、三つの選挙で悉く議席を減らしてしまいました。どうも石破さんと言う人は、選挙に向かない人のようです。

 喋ることはぐちぐちと陰気臭く、話が長く、聞いた結果が何を言っているのかよくわかりません。常に上目遣いで人を見て、どうも恨みつらみが溜まっているように見えます。よくぞこういう人が長く地元の選挙に勝って来たと思います。

 昨年は、選挙のたびに応援演説に行くと、大概、普通は総理大臣が来るとなると、選挙は盛り上がりますが、石破さんの場合は代議士から。「来ると何とも場が暗くなり、負けそうな気持になるので来ないで欲しい」。と懇願されたと言います。

 せっかく選挙民が集まっている所で、石破さんが現れると、盛り上がってきた雰囲気が一遍に陰気臭くなるのだそうです。実際の結果は選挙のたびに惨敗でした。むろん石破さんだけが悪いわけではなく、自民党そのものが凋落傾向にあったのでしょう。

 然し、最高責任者である石破さんに、自民党内での不満がくすぶっていました。ところが、ご当人が党首をやめる気配はありません。ご当人は、「何とか最低でも一年、総理大臣を維持したい」。と言う気持ちが本音だったのではないかと思います。

 せっかく手に入れた総理大臣の地位を、せめて一年は何とか維持したいと言う思いは、国民の願いではなく、自民党の議員の要望でもありません。飽くまで石破さんの願望でしょう。こうして一年、石破さんは総理大臣の地位を維持しました。そしてめでたく一年経って辞任しました。でも、この一年は何だったのでしょう。

 

 そして、総理総裁選挙です。立候補者は去年とほぼ同じです。石破さんが減った分勝率は上がったと言えます。でもねぇ、こんなことなら始めから小細工をしないで、高市さんにしておけば、今頃、世間の景気は上向いていたのではないですか。

 今日本の景気が冷え込んでいるのは、積極財政を敷いて、減税をして、財務省を説き伏せられるだけの人材を総理に選ばないからです。それが出来るのは高市さんだけでしょう。他の候補者は明らかに財務省の顔を伺っています。

 ところが、世の中はリベラルと言う言葉に乗せられて、右寄りの政治を危険視する人が何割か存在するのです。自衛隊国防軍にするだの、靖国参拝をするだの、緊縮財政から積極財政に切り替えるだの。いま日本がやらなければいけないことを、いざとなると躊躇する人が多いのです。マスコミ然り、選挙民然りです。

 それでも、保守政治を支持する人の数は増えています。それが証拠に参政党が出て来て、自民党以上に右寄りの政党が一部の国民から支持を得たことです。参政党の評価はこの先、まだまだ変わって行くでしょうが、今のところはうまく行っています。

 過半数の日本の国民は、保守的な政党を求めているのでしょう。それは私の希望的な観測ではなく、世界中の先進国の政治はどこも保守的で、強い愛国心をベースにしています。リベラルな政党を支持している国もありますが、だからと言って自国を社会主義共産主義国にしようとは考えてはいません。

 最早、豊かな国家を維持して行くために、社会主義を信じる人などは殆どいないのです。そのことは日本国内でも社会党共産党の支持者が激減していることでも明らかでしょう。

 ところがどうしたものかマスコミは保守の足を引っ張ります。安倍総理の時も不人気でした。高市さんも同様に、マスコミは保守政治家にマイナーな印象を植え付けようと必死になっています。

 然し、昨年の総裁選挙の時でもそうですが、政策討論会などをすると、今の日本の内外の情勢をきっちり調べて、誰に対しても自分の意見をはっきり言える人は高市さんを置いて他にはいません。他の立候補者と比べて、圧倒的に知識が違いますし、明確な方向性を持っています。

 しかも党内の支持者の数が明らかに過半数を超えています。決して少数意見ではないのです。ところが、マスコミはそれを認めようとはしません。だからと言って、誰を支持したらいいのかと問われれば、小泉純一郎さんを持ち上げます。「えぇっ。本気で小泉さんを推すのですか?」。高市さんのライバルが小泉進次郎さんですか?。

 学級委員選挙をするなら、小泉さんは見た目もいいし、クラス内の人気もあるかも知れませんが、日本の総理大臣を選ぶとなると、始めから問題外でしょう。言っていることが頓珍漢。根拠のない話を平気で語ります。

 米を2000円に下げたかと思うと、新米は5000円を超えて、少しの配慮もありません。もう自分は米とは関係ないと言いたげです。こんな人が総理大臣になって、サミットなどで思いつきで喋ったなら、日本の評価は地に落ちます。誰が見ても問題外の人をなぜ世間は選ぼうとするのか、日本人の政治センスのなさをひしひしと感じます。

 他の何人かの候補者は誰も国民を見ていません。国民を納得させられるだけの政策がありません。党内の力関係だけで政治をしているようにしか見えません。そんな人が日本のリーダ-になるとは思えないのです。

 と高市さんを一推しで語ってしまいましたが、これを書くと、右翼だの、軍国主義の復活だのと言う人が出て来ます。何が言いたいのでしょう。もうそんな時代ではないのに、昭和30年代の考えのまま社会主義をリベラルと信じて生きている人達が、結局日本の発展を捻じ曲げています。そろそろ日本は大きく舵を切り変えなければいけない時に来ているのです。10月の総裁選挙で、大きく流れが変わるでしょう。

 続く