手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

色々なマジシャン

色々なマジシャン

 

 私は22歳から毎年自主公演を打って来ました。それは今も続いています。その公演には、必ずゲストを何本か招いています。ゲストの中には、私の先輩格のマジシャンもいれば、同輩のマジシャンもいます。まだプロにはなっていないアマチュアの人にも出て頂いています。

 私が20代30代の頃は、例えば、ケン正木さんはまだサラリーマンをしていました。然しとても熱心なアマチュアだったので、たびたび私の公演に出演してもらいました。当時の若手マジシャンの中には、ブラボー中谷さんや、北見伸さん、カズカタヤマさんなどにもよく出てもらいました。また、多くの弟子たちも同様に、アマチュアの内から出てもらいました。アマチュアで活動している人たちを公演に出しているうちに弟子入りを申し込んでくるのです。

 本当なら、私の公演にアマチュアを出すのは、あまりいい結果にはならないのですが、それでも出てもらいます。時にまだるっこしい内容もありますが、一本くらいはお客様に我慢してもらうのです。

 大成がアマチュアだったころに、大阪の文楽劇場に出したことがありました。文楽劇場国立劇場です。800人の観客の前で四つ玉と羽根の演技をしたのです。当然、足がすくむくらい緊張したでしょう。それでいいのです。そうした体験をすると確実に巧くなるのです。人は、緊張して何度も吐き気を催すくらいの舞台を経験しないと巧くならないのです。

 なぜ、私のショウにアマチュアの出演の場を作るのかと言うなら、それはきっちりとしたステージの公演にプロと一緒にステージに立つだけで、確実にアマチュアの技術が向上するからです。

 それは私の子供の頃のことを思いしても明らかで、有名な芸能人と一緒に舞台に立つだけで、なんとなく自分も一格上がったような気持がしたものです。そして、晴れがましく思うと同時に、余りに自分の姿がみすぼらしく思えるのです。「こんな演技をしていたのでは駄目なんだ。もっともっといい演技を見せなければいけないんだ」。と自分未熟に気づくようになるのです。

 

 私が一番嫌いなマジシャンは、アマチュアがアマチュアの中で満足していて、生ぬるい演技をしている姿です。あるいは、若いマジシャンが、若い者の中でまじりあって、低い次元の仲間の中で巧い拙いを言い合っていて、少しも前を目指さない姿が見える時です。

 そんなことをしていたら、すぐに年を取ってしまって、誰からも注目してもらえなくなってしまうのに、この社会に数年いただけでまるでベテランマジシャンのような顔つきになって、ひとかどのマジシャンになった気持ちでいることです。

 輝かしい経歴もなく、取り立てて巧さもなく、今いるお客様を満足させる才能もないのに、なぜ若いマジシャンや、アマチュアがベテランのような顔をして舞台に上がって、平気で受けないマジックを演じ続けているのか、不思議に思います。

 

 今ある技量をさらに高見に上げるにはどうしたらいいのか。何を考え、どう言うマジックを見せたらいいのか。そのすべての答えは、アマチュアからベテランまで、みんな一緒の舞台に立って、細かく後輩や仲間や先輩の演技を見ることなのです。

 巧い人と言うのは、舞台の脇から見ていても、その息遣いからして違います。何であんなことがさりげなく出来るのか。どうしてあんなことでお客様の心を掴めるのか。脇で眺めているだけでも勉強になります。

 舞台の才能と言うのは一つではありません。観客の気持ちを取り込む巧さとか、アイディアの良さとか、現象を見せる時の繊細な表現方法とか、いろいろな方法を身に着けることによって芸能は完成して行きます。それらを一つ一つ多くのマジシャンの演技から学び取って行くことで、芸能を身に着けて行くのです。

 時として、どうしようもないお粗末なマジシャンから、舞台を学ぶこともあります。救いのないような失敗をしたマジシャンがどんな表情をするのか、どんな言い訳をするのか、そこから人間の真実が語られます。そして、観客は救いのない失敗をしたマジシャンに対してさえ実に寛大なのです。

 お客様は絶対に下手なマジシャンをいじめたり馬鹿にしたりはしないのです。駄目は駄目なりに、一言、人間の本性をちらりと語って、言い訳とも、愚痴とも付かないことを言うと、お客様は爆笑するのです。笑ってしまえば全てが許されます。芸能とはそんなものです。所詮遊びの世界なのです。

 色々な世代の多種多様なマジシャンが存在する舞台。そうした舞台環境を提供することが、マジシャンを育てる上でとても大切なことだと私は理解しています。

 私自身を考えても、今の芸が出来上がるためには、10人や20人のマジシャンではきかないくらいの多くの人の影響を受けています。そうした先輩がいなかったなら今の私の芸は出来ていなかったのです。

 世の中が、子供から老人まで、男も女も、あらゆる職業の人がいることで社会が成り立っているように、マジシャンも、あらゆる年齢の、毛色の変わったマジシャンがいて、一緒の舞台を踏むことで自身の舞台が作られて行くのです。

 

 初心のうちは、そうしたマジシャンを単純にいい悪い、好き嫌いで判断してしまいがちですが、そんなことを考えずに、たくさん見ておくことが必要です。世の中に存在するものには必ず因果関係があり、必ず必要だから存在しているのです。巧いも下手も、必要だから存在しているのです。

 マジックマイスターと言うのはそうした社会の縮図のようなショウなのです。できればこの公演が一日でなくて、2日3日と続いてゆけばなぁ、と考えています。かつて二日公演までは何回かしました。出来れば3日間。全部出演者を変えて、ゲストだけ同じメンバーで公演したいと考えています。そしてこれが恒例となって、多くのお客様が見に来てくれるようになればいいと考えています。

 どうぞ、ご出演希望の方も、ご覧になりたい方も、お名前ご住所をお知らせください。次回ご案内いたします。

続く

選挙が危ない 

選挙が危ない

 

 どうも選挙を考えると気持ちが暗くなります。ランチ時にレストランに入って、さて食事をしようとメニューを眺めると、どれも食べたくない料理ばかりが並んでいると、レストランに入ったこと自体を後悔します。そして、あれも駄目、これも駄目、と言っていては、わがままに見えてしまいます。

 何とか、少々望まない料理でも、諦めて食べようと思いますが、どうも食欲をそそりません。この話は都知事選の例え話でありながら、それだけではありません。アメリカ大統領の選挙の話も同様です。良くもまぁアメリカ人は、老人二人が対決する選挙を見て、平常心でいられるものだと思います。片方は明らかに体力が落ちていますし、少しボケが入っています。

 それなら勝負は見えた。トランプさんの勝ちだろう。とは誰もが思いますが、本当に大丈夫でしょうか。トランプさんとバイデンさんは4歳違い。仮に、トランプさんが大統領になったとして、数年すれば、今のバイデンさんと同じ年齢になるのです。今バイデンさんが大統領は無理だと言うなら、トランプさんも無理ではないですか。そうならこの選挙は始めから無理な選挙でしょう。

 アメリカ人の平均寿命は、日本人よりも3歳くらい低いのです。そうだとすると、お二人は既にアメリカ人の平均寿命を超えているのです。そうした人に大統領の激務を5年も任せられるのですか。

 アメリカと言う国に、この老人たちよりも有能な若い人はいないのですか。アメリカはどうしちゃったのですか。アメリカ大統領は激務です。老人では無理です。無理と知っていながら、アメリカ人はどうしてこの二択をするのですか。このまま行ったら、どっちが勝ってもアメリカは世界中に混乱をまき散らします。

 トランプさんはモンロー主義の権化のような人ですから、トランプさんが勝ったなら、ウクライナへの支援は半減するでしょう。今、いい戦いをしているウクライナからアメリカの支援が減ったら、ウクライナは元の木阿弥です。ロシアは活気づいて、ウクライナの東方地域を占領するでしょう。その上で、余勢をかってバルト三国や、フィンランドを攻め始めるでしょう。

 それは結果として欧州を危機に陥れることになります。然し、トランプさんは欧州には関与しないでしょう。そればかりか、沖縄や韓国のアメリカ駐留軍を半減させるでしょう。そうした結果、中国の習近平さんは台湾進攻を本気で考えるでしょう。

 トランプさんが勝てば。社会主義国や、共産国が今以上に勢力を伸ばしてして来るでしょう。それに対して、欧州は、社会主義に対抗するために、どこの国も右傾化して行くでしょう。欧州はどこも、民主主義に疲れて来ています。

 どこの国も、福祉や難民支援をして、国の財政を使い果たしています。適度な福祉ならいいのですが、国自体の景気が悪くなれば、福祉も難民支援も経済の足を引っ張ります。難民に与える生活保障の方が、一般労働者の賃金よりも高い、と言うようになったなら、働く人はみんな怒りを爆発させます。

 そんなことが、ドイツでもフランスでもイギリスでも起こっています。特に、欧州経済はEV車で失敗続きです。次の時代のトレンドはEV車だ。と開発に乗り出したのは良かったのですが、EV車には問題が多く、軌道に乗るには時間がかかりすぎます。ところがそうしているうちに、中国が安いEV車をどんどん作るようになって、欧州の自動車メーカーを圧迫するようになりました。そうなると欧州は戻ることも出来ず、前進することも出来ず、経済は大混乱をしています。結果、今の欧州の政治経済は行き詰まっています。

 そんな経済不安が広がると、簡単に力押しで世の中を変える政治家が出て来ます。右翼の全体主義者です。第一次大戦後、ドイツは一時期民主的な政治がなされたものの、世界的な大恐慌に対策が打てないまま右往左往するうちに、ナチスの台頭を許してしまいました。それと同じことが再度欧州に起こるかも知れません。

 「そんなことはあり得ない、もうナチスはやってこない」。そうでしょうか。

 

 民主主義が弱者に厚い政治ばかりをしているとたちまち経済が行き詰まります。福祉は良いことではありますが、それは若い労働者の犠牲の上に成り立っているからです。若い労働者の生活が苦しくなれば福祉は成り立たなくなります。

 政治経済が回らなくなると、力で解決を訴える政治家が出て来ます。彼らは出て来た時は有能なのです。一党独裁は、伝達が早く、何でも超スピードで解決して行きます。民主主義が長い時間をかけて、何も解決できなかったことを、たちまちのうちにやってのけます。当然、世間は拍手喝采で迎えます。

 ヒトラー大恐慌にあえぐドイツ国民に、アウトバーン(高速道路)の建設を指揮し、同時にフォルクスワーゲンを各家庭に一台持てるようにすると宣言した時は、彼はドイツの輝ける星だったのです。実際ヒトラーはその目標を数年で達成させたのです。

「それなら政治は全体主義者に任せたらいいじゃないか」。その通り、全体主義はいいときは物凄くいい仕事をします。ところが、一党独裁の政治は、誰も批判が出来ませんから、ひとたび間違いを起こすと、どんどん道に外れた行動を採るのです。正にヒトラームッソリーニがそれでした。

 右翼の全体主義だけではなく、社会主義のリーダーも同様です。いずれも他の政治を認めない国家ですから、一党独裁は独善に陥り、いつか方向を間違えます。そして間違え始めると修正が効かなくなります。今のロシアのウクライナ侵攻や中国の膨大な経済政策の破綻を見れば明らかでしょう。

 わかりやすい政治の裏には常に落とし穴が潜んでいます。中国やロシア、あるいは北朝鮮などの独裁政治を思えば、右傾化しつつある欧州の政治はまだ今なら何とかなりそうです。アメリカもどっちの老人が大統領になっても何とかやって行けるでしょう。そうした世界の政治を思えば、日本の政治はまだましでしょうか。いや決してましとは言えません。政治資金規正法ザル法です。あれは自民党の大失敗です。

 都知事選も、赤い狐と緑の狸が戦っている分には平和なのかもしれません。万が一にもルーキーの石丸さんが当選したとしても、どなたが勝っても、大した問題にはならないでしょう。日本はまだ平和なのですね。

続く

ブラームスの手招き

ブラームスの手招き

 

 ブラームスと言う人は、四曲の交響曲で今日まで知られた作曲家ですが、無論、他にも、名作を数々出しています。然し、全くクラシックを知らない初心者がちょっと聴いて、これは面白い、と、ファンになるような音楽は殆どありません。

 大なり小なりどれも陰鬱で、ドイツ北部の天気のように、常に短い時間に晴れたり曇ったりするような、音楽自体、「何が言いたいのか、一体どうしてほしいのか」、どうにもはっきりしないものが多いように思います。実際、私生活も、はっきりこうだと言って、人を引っ張って行くようなカリスマ的な人ではなく、気難しくって、シャイで、人見知りで、そもそも人付き合いのできないような人だったようです。

 自身を支援してくれたシューマンに対しては生涯尊敬の念を持ち、シューマンが自殺したのち、妻であったクララ・シューマンを生涯支援し続けます。実際クララに対して、恋焦がれていたようですが、思いは深くても、尊敬したシューマンを思えば、手も触れることは出来ず、生涯その愛情を吐露できずに、ひたすら支援し続けました。

 つまりブラームスの人生は不器用そのもので、たった一つの恋も成就することが出来ずに、生涯独身を貫いたのです。そうまで好きなら一歩前に進んで、心を告白すれば良さそうなものですが、それが出来ないのです。

 同時に、ブラームスベートーヴェンを神の如く尊敬しました。ブラームスベートーヴェンは半世紀時代がずれているのですが、ベートーヴェンの全ての音楽の完成度の高さに、強い劣等感を感じ、生涯畏敬の念を失いませんでした。

 ブラームスは、ベートーヴェン交響曲に憧れ、20歳頃から自らも交響曲を書き始めたのですが、書いては消し、書いては消し、筆が進まない日々が続きます。常に背後にベートーヴェンがいて、自身の作品を冷淡に眺めているような不安が支配し続けていたのです。そして交響曲一番が完成したときには、40歳になっていました。

 1番は、たちまち欧州で大評判となり、一躍交響曲作曲家として名前を上げます。一度成功を手に入れると、その後は二年に一度くらいのペースで2番3番4番を作りますが、さて5番を書こうかと思いつつも、ベートーヴェンの5番が常に脳裏にあって、なかなか手を付けられず。結局、交響曲は四曲だけに終わります。

 ところが、四曲の交響曲は、同時代の作曲家にとっては、物凄い重圧になります。どの作品も内容の濃い、がっしりとした構成の曲ですので、同時代の作曲家にとっては、越えるに越えられない壁となりました。まるでブラームスにとってのベートーヴェンが、若い作曲家にとってのブラームスとなって新たな圧力になります。

 実際ブラームスに引き立ててもらって名前を成したドボルザークは、ブラームスの三番を聴き、自分の今まで書いた6曲の交響曲が物足らなくなったようで、その後に作った7番はそれまでとは違った、構造の大きな作品になっています。

 実際、ドボルザーク交響曲は、7番以降、8番、9番がよく演奏されますが、7番はなかなか演奏の機会はありません。私が聴いた印象では、第一楽章が漠然として、まとめ切れていないような印象を受けます。然し、第二楽章、第三楽章と進むと俄然、曲は面白くなります。そして第四楽章はなかなかドラマチックで、しかもドボルザークにしては珍しく、ハッピーエンドな終わり方をしません。悲劇的なのです。相当に、ブラームスの3番の影響を受けているのではないかと思います。

 レコードはバーツラフ・ノイマンチェコフィルが文句なくいい演奏です。古い演奏ですが、テンポが良く、又ニュアンスがチェコの昔の雰囲気(勝手な想像ですが)を感じさせます。

 チャイコフスキーも、ブラームス交響曲を聞いて強い衝撃を受け、後期の4番5番6番はどんどん機構が大きくなって、内容が深まって行きますが、同時に陰気臭くなって行きます。6番の悲愴などは、暗く、答えのない沼の中に埋没して曲は終わります。

 実際に6番を書き上げた半月後にチャイコフスキーは自殺を遂げています。まるで遺書のような音楽です。チャイコフスキーはどの音楽も美しく、親しみやすく、ファンも多いのですが、私はどうもあまり好きになれません。後期の三曲はどれもいい曲ではありますが、どうでしょう。

 この人は、自分の悲劇を片眼で眺めていて、その悲劇的な自分の姿に美意識を感じているような、妙な客観性があります。悲しい出来事が美しいのでなく、悲しい出来事に遭遇して涙を流している自身が美しいのです。常に自己愛の世界を感じます。

 それが並みの自己愛ならまだしも、徹底的に演出を考え抜いて、どう表現したら自分が美しく見えるか、を真剣に考えるような性格なのです。「音楽の中にあからさまに見えるのがどうにも付き合いきれないなぁ」。と思います。

 日本の指揮者には、チャイコフスキーの得意な人がたくさんいます。そして、後期の交響曲なら観客もよく集まります。「でもねぇ」。と私は思います。

 チャイコフスキーブラームスもめったに聞きませんが、チャイコフスキーなら、ムラヴィンスキーブラームスならメンゲルベルクを相変わらず聞いています。6番悲愴のメンゲルベルクの演奏が、今もって一番だと思います。フルトヴェングラーの悲愴をいいと言う人がいますが、オーケストラの音色が暗く、指揮者が暗く、作曲家が暗いとなると、聞いた後に自殺したくなります。

 面白いし、名演ではありますが、体にいい演奏ではありません。シャルル・ミンシュのブラームスの1番2番は申し分のない演奏です。これはカラッと陽気な指揮振りですので時々聞きます。

 と、何のかんのと言って、ブラームスは暗い、気難しいなどと言いつつも、結構色々な指揮者で聴いているのです。でも、なかなかこれはいいと言わないだけなのです。どうも年齢を重ねて行くと、ブラームスの気持ちがよくわかるようになってきます。然し、そこを肯定すると、自分の世界に引き籠って行くようで、私はずっと避け続けて来ました。

 ところが、最近はなかなか逃げきれなくなっています。私よりずっと若くして亡くなったブラームスが、夜になるとやってきます。「ねぇ、4番聴こうよ」。と言って近づいて来ます。その誘惑を断り切れません。

続く

満員御礼 マジックマイスター

満員御礼 マジックマイスター

 

 昨日(6月30日)、第21回マジックマイスターが、三鷹駅前の武蔵野芸能劇場で開催されました。毎年開催していますので、21年続いたことになります。私の正直な気持ちは、昨年が20回目ですので、記念大会として、博品館劇場あたりでやりたかったのですが、如何せんコロナの後遺症のすぐ後でしたので、開催自体が危ぶまれるような状況でした。こうして続いてきたことだけでも幸運でした。

 30日は、小雨が時折降るような悪天候でしたが、実は、半月前くらいから、チケットの申し込みが多く、この分では満員になりそうな気配でした。武蔵野芸能劇場は、立ち見を認めません。予定以上にチケットを販売すると、お客様には入場をお断りしなければなりません。

 と言って、既にチケットを買ったお客様に入れないとは言えません。そこで、早々に販売を停めたのですが、販売が止まったと言う噂が広がると、今度はコネで入場を求めてくる人があります。拙いことになりました。あちこちに気を使って、何とか切符を止めました。当日、予定の通り満員御礼です。ギリギリセーフでした。以下は私の感想。

 

 1本目は高橋朗磨、弟子としては二度目の出演。自分の手順とマイスターの運営と、私の舞台の手伝いで大忙し、体が随分痩せてしまいました。シルクや、ロープを組み合わせ、モンゴリアンシルクでまとめています。まだまだ舞台に慣れていません。もう少し出演の場を作ってやらなければいけません。

 

 ここで司会者登場、早稲田康平さん。身長180㎝の二枚目マジシャンです。銀座で「てじなっくる」と言うバーを経営しています。

 

 2本目は高橋入也さん。朗磨の弟です。ダイスを使って配列が何度も入れ替わるアクト。手順は上手く行っています。後はもっとスムーズになれば得意芸になるでしょう。

 

 3本目は富士の磯部利光さん。高齢ながら、スライハンドに果敢に挑戦します。今回は毛花のプロダクション、お金がかかっています。舞台一面花畑です。稲葉美穂子さんがアシストで応援しました。

 

 4本目は小林拓馬さん。カードマニュピレーションとゾンビボールです。技がこなれていますし、舞台の表情が洗練されて来ました。これで演技に個性が生まれたなら、相当に実力あるマジシャンになれるでしょう。

 

 5番目は、富士から小林真理子さん。演歌に乗せて6枚ハンカチ、アマチュアのマジックとしてはこれで充分です。不思議も随所に工夫が凝らされています。

 

 6番目、高橋正樹さん。この人は毎回独自の工夫のマジックを見せます。今回も、ミステリーな話を加えたトークマジック、ご自身が作家ですから、話の構成は面白く、マジックも不思議です。手堅いファンがいます。

 

 7番目、富士から近藤路子さん。メリケンハット。ディズニー漫画の妖精のような恰好で、帽子から様々な品物を出します。巧い人ですし、丁寧な演技が多くの人の共感を得ています。

 

 8番目、高橋洋子さん。振袖を来て、お嬢様になり切りました。背丈がありますので舞台が生えます。演目は紙片の曲(卵の袋と紙卵)。何を演じても巧い人です。日ごろ熱心に練習していますので、丁寧に演じて、お客様の反応も上々でした。

 

 9番目は、五太子(ごたいし)さん。本名だそうです。本業がお寺さんで、舞台姿も仕事着のまま、南無妙法蓮華経で始まります。内容はカップ&ボール。小さな演技ですが、見せ方が巧いため、客席の後ろから見ていても内容が明確に伝わりました。随所に不思議が出て来て、ただ者ではないことを知ります。お終いのカップからお鈴(りん)が出てくるのが最高のセンスです。

 

 10番目は穂積みゆきさん。私のアシスタントです。黒の紗の着物を粋に着て、シルクアクト。まるで日本舞踊の先生が趣味でマジックをしているかのような演技。こう言うアマチュアがいると、ショウに厚みが出ますね。

 

 11番目は、富士からスマイル藤山さん、若狭通いの水。最近喋りがこなれて来て舞台に安定感が出て来ました。若狭は、私の流派の仕掛けです。よく受けていました。

 

 12番目は藤山大成。私の元から独立をして二年目、一つ一つの演技は上手くなり、見せ方が際立って来ました。あと一つ掴めば、マジックの世界でトップに立てるでしょう。今年が正念場かな。

 ここで10分の休憩。10番演じて既に1時間50分が経過。この分では全体が4時間のショウになりそうです。私は急遽、袖卵と植瓜術(しょっかじつ)の二本を演じる予定を、袖卵をカットしました。

 

 第二部の1番目は、川上一樹さん。身長187㎝。既に若い女性ファンがついています。ナイーブな性格がファンにはたまらないのでしょう。演技もシルクを繊細に演じます。ここから、自身の魔法が深まったなら、この人は大きくなります。

 

 2番目は小俣美千代さん。何と一回目のマジックマイスターに同じ手順で出演しています。内容はメリケンハット。一回目から巧い人でした。同じ手順を20年経って見ると、知らず知らずに巧妙に発展しています。紙の花がとにかく綺麗で、バラバラと帽子の中から湧き出して来ると、生命力を感じます。ダンスも生きていて、舞台を大きく使っています。客席が盛り上がりました。アマチュアの完成形でしょう。

 

 3番目は名古屋からKEIKO(小川慶子)さん。島田晴夫さんの傘出しを工夫して演じました。舞台が陽気で、マジックが好きだと言うことが良くわかります。ボランティアの舞台でこんなに盛りだくさんの演技を見せたら、さぞや子供や老人は大喜びするでしょう。

 4番目は、藤山初美さん。コロナ以降マイスターの出演がなく、今回が5年ぶりの出演です。お喋りマジックで紙うどん。相当にボランティアで演じているようで、手慣れています。初美さんもマイスターの早々の時期からの出演者です。

 

  5番目は早稲田康平さん、一部で司会をしました。カードとゾンビボール。小林拓馬さんと同じ素材ながら、演者によって味わいははっきり変わります。こってり丁寧に演じる小林さんに対して、早稲田さんは流れを強調します。ハイウェイをスポーツカーですっ飛ばすような演技です。これはこれでありです。筑波大学マジック研究会のOB,マーカテンドーの門下生。今や中堅マジシャンです。

 

 6番目、稲葉美穂子さん。衣装はご自身でデザイン。新しい和の世界を創造します。内容は陰陽水火の術。単純素朴なマジックですが難しい芸です。ご自身は、竹久夢二の世界から抜け出たような美人。その人が和傘を持って構えただけで、百年前の大正ロマンの世界が再現されます。夢二のはかない世界です。

 

 7番目は小野学さん。秋田の大潟からやって来ました。演目は金輪の曲。以前からこの芸を演じたかったそうです。手妻の中でも400年近い歴史のある和のリンキングリングです。藤山一門のみが残しています。口上が残っていたおかげで復活出来ました。藤山一門は大樹も、大成も必ず演じています。小野さんは、衣装も新調して、初役に挑みます。

 

 これ以降は私とゲスト2本です。

 私は植瓜術。朗磨が才蔵で絡みます。朗磨はこの芸が好きなようです。こなれて来ています。縁があって私のところに入って来たなら何とか世に出してやりたいと思います。

 

 21番目が田代茂さん。本業はお医者さん。今回は「札焼き」を焼かずに、シュレッダーを使って粉砕してしまう、新しい試み、面白い手順です。

 

 22本目、能勢裕里江り江さん。出て来ただけで待ってましたと声がかかりました。みんなに愛されています。6枚シルクと8つ玉は健在。お医者さんをしながらもよく練習が出来ています。こうしたアマチュアがいることが日本のマジック文化の厚みです。何度見ても見飽きのしない芸に昇華しています。4時間のショウに大トリにふさわしい演技でした。

 

 さて8時30分にショウが終演。急ぎ片づけをして9時30分。朗磨と一緒に車で自宅に戻ります。このまま帰ったのでは食事をする時間がありません。途中レストランで肉を食べました。随分朗磨は疲れています。良く働いてくれました。

 食後事務所に戻り、遅くまで荷物の積み下ろしをして、深夜に帰って行きました。ようやく朗磨もプロの仕事が身について来ました。私も少々疲れました。ゆっくり休みます。残りの感想はまた明日。

続く

 

 

満員御礼 マジックマイスター

満員御礼 マジックマイスター

 

 昨日(6月30日)、第21回マジックマイスターが、三鷹駅前の武蔵野芸能劇場で開催されました。毎年開催していますので、21年続いたことになります。私の正直な気持ちは、昨年が20回目ですので、記念大会として、博品館劇場あたりでやりたかったのですが、如何せんコロナの後遺症のすぐ後でしたので、開催自体が危ぶまれるような状況でした。こうして続いてきたことだけでも幸運でした。

 30日は、小雨が時折降るような悪天候でしたが、実は、半月前くらいから、チケットの申し込みが多く、この分では満員になりそうな気配でした。武蔵野芸能劇場は、立ち見を認めません。予定以上にチケットを販売すると、お客様には入場をお断りしなければなりません。

 と言って、既にチケットを買ったお客様に入れないとは言えません。そこで、早々に販売を停めたのですが、販売が止まったと言う噂が広がると、今度はコネで入場を求めてくる人があります。拙いことになりました。あちこちに気を使って、何とか切符を止めて、当日、予定の通り満員御礼になりました。ギリギリセーフでした。以下は私の感想。

 

 1本目は高橋朗磨、弟子としては二度目の出演。自分の手順とマイスターの運営と、私の舞台の手伝いで大忙し、体が随分痩せてしまいました。シルクや、ロープを組み合わせ、モンゴリアンシルクでまとめています。まだまだ舞台に慣れていません。もう少し出演の場作ってやらなければいけません。

 

 ここで司会者登場、早稲田康平さん。身長180㎝の二枚目マジシャンです。銀座で「てじなっくる」と言うバーを経営しています。前半の司会です。

 

 2本目は高橋入也さん。朗磨の弟です。ダイスを使って配列が何度も入れ替わるアクト。手順は上手く行っています。後はもっとスムーズになれば得意芸になるでしょう。

 

 3本目は富士の磯部利光さん。高齢ながら、スライハンドに果敢に挑戦します。今回は毛花のプロダクション、お金がかかっています。舞台一面花畑です。稲葉美穂子さんがアシストで応援しました。

 

 4本目は小林拓馬さん。カードマニュピレーションとゾンビボールです。技がこなれていますし、舞台の表情が洗練されて来ました。これで演技に個性が生まれたなら、相当に実力あるマジシャンになれるでしょう。

 

 5番目は、富士から小林真理子さん。演歌に乗せて6枚ハンカチ、随所に工夫が凝らされています。アマチュアのマジックとしてはこれで充分です。

 

 6番目、高橋正樹さん。この人は毎回独自の工夫のマジックを見せます。今回も、ミステリーな話を加えたトークマジック、ご自身が作家ですから、話の構成は面白く、マジックも不思議です。手堅いファンがいます。

 

 7番目、富士から近藤路子さん。メリケンハット。ディズニー漫画の妖精のような恰好で、帽子から様々な品物を出します。巧い人ですし、丁寧な演技が多くの人の共感を得ています。

 

 8番目、高橋洋子さん。振袖を来て、お嬢様になり切りました。背丈がありますので舞台が生えます。演目は紙片の曲(卵の袋と紙卵)。何を演じても巧い人です。日ごろ熱心に練習していますので、丁寧に演じて、お客様の反応も上々でした。

 

 9番目は、五太子(ごたいし)さん。本名だそうです。本業がお寺さんで、舞台姿も仕事着のまま、南無妙法蓮華経で始まります。内容はカップ&ボール。小さな演技ですが、見せ方が巧いため、客席の後ろから見ていても内容が明確に伝わります。随所に不思議が出て来て、ただ者ではないことを知らされます。お終いのカップからお鈴(りん)が出てくるのが最高のセンスです。

 

 10番目は穂積みゆきさん。私のアシスタントです。黒の紗の着物を粋に着て、シルクアクト。まるで日本舞踊の先生が趣味でマジックをしているかのような演技。こう言うアマチュアがいると、ショウに厚みが出ますね。

 11番目は、富士からスマイル藤山さん、若狭通いの水。最近喋りがこなれて来て舞台に安定感が出て来ました。若狭は、私の流派の仕掛けです。よく受けていました。

 12番目は藤山大成。私の元から独立をして二年目、一つ一つの演技は上手くなり、見せ方が際立って来ました。あと一つ掴めば、マジックの世界でトップに立てるでしょう。今年が正念場かな。

 ここで10分の休憩。10番演じて既に1時間50分が経過。この分では全体が4時間のショウになりそうです。私は急遽、袖卵と植瓜術(しょっかじつ)の二本を演じる予定を、袖卵をカットしました。

 

 第二部の1番目は、川上一樹さん。身長187㎝。既に若い女性ファンがついています。ナイーブな性格がファンにはたまらないのでしょう。演技もシルクを繊細に演じます。何とかここから、自身の個性が深まったなら、この人は大きくなります。

 2番目は小俣美千代さん。何と一回目のマジックマイスターに同じ手順で出演しています。内容はメリケンハット。一回目から巧い人でした。同じ手順を20年経って見ると、知らず知らずに巧妙に発展しています。紙の花がとにかく綺麗で、バラバラと帽子の中から湧き出して来ると、生命力を感じます。ダンスも生きていて、舞台を大きく使っています。客席が盛り上がりました。アマチュアの完成形でしょう。

 

 3番目はKEIKO(小川慶子)さん。島田晴夫さんの傘出しを工夫して演じました。舞台が陽気で、マジックが好きだと言うことが良くわかります。ボランティアの舞台でこんなに盛りだくさんの演技を見せたら、さぞや子供や老人は大喜びするでしょう。

 4番目は、藤山初美さん。コロナ以降マイスターの出演がなく、今回が5年ぶりの出演です。お喋りマジックで紙うどん。相当にボランティアで演じているようで、手慣れています。初美さんもマイスターの早々の時期からの出演者です。

 

  5番目は早稲田康平さん、一部で司会をしました。カードとゾンビボール。小林拓馬さんと同じ素材ながら、演者によって味わいははっきり変わります。こってり丁寧に演じる古林さんに対して、早稲田さんは流れを強調します。ハイウェイをスポーツカーですっ飛ばすような演技です。これはこれでありです。筑波大学マジック研究会のOB,マーカテンドーの門下生。今や中堅マジシャンです。

 

 6番目、稲葉美穂子さん。衣装はご自身でデザイン。新しい和の世界を創造します。内容は陰陽水火の術。単純素朴なマジックですが難しい芸です。ご自身は、竹久夢二の世界から抜け出たような美人。その人が和傘を持って構えただけで、百年前の大正ロマンの世界を再現します。夢二のはかない世界です。

 

 7番目は小野学さん。秋田の大潟からやって来ました。演目は金輪の曲。以前からこの芸を演じたかったそうです。手妻の中でも400年近い歴史のある和のリンキングリングです。口上が残っていたおかげで復活出来ました。藤山一門は大樹も、大成も必ず演じています。小野さんは、衣装も新調して、初役に挑みます。

 

 これ以降は私とゲスト2本です。

 私は植瓜術。朗磨が才蔵で絡みます。朗磨はこの芸が好きなようです。こなれて来ています。縁があって私のところに入って来たなら何とか世に出してやりたいと思います。

 

 21番目が田代茂さん。本業はお医者さん。今回は「札焼き」を焼かずに、シュレッダーを使って粉砕してしまう、新しい試み、面白い手順です。

 

 22本目、能勢裕里江り江さん。出て来ただけで待ってましたと声がかかりました。みんなに愛されています。6枚シルクと8つ玉は健在。お医者さんをしながらもよく練習が出来ています。こうしたアマチュアがいることが日本のマジック文化の厚みです。何度見ても見飽きのしない芸に昇華しています。4時間のショウに大トリにふさわしい演技でした。

 

 さて8時30分にショウが終演。急ぎ片づけをして、朗磨と一緒に車で自宅に戻りましたが、このまま帰ったのでは食事をする時間がありません。途中レストランでハンバーグと冷しゃぶを食べました。随分朗磨は疲れています。良く働いてくれました。

 プロの仕事が身について来ました。食後事務所に戻り、遅くまで荷物の積み下ろしをして、深夜に帰って行きました。私も少々疲れました。ゆっくり休みます。残りの感想はまた明日。

続く

 

 

誕生日

誕生日

 

 昨日は女房の誕生日でした。毎年女房の誕生日は、別に大したことをするわけではなく、高円寺の駅前にあるいろはと言う鰻屋に行き、うな重を食べることが決まりです。いつもは娘のすみれが来るのですが、すみれは一週間前にコロナに掛かってしまいました。

 今どきコロナも珍しいのですが、数日会社を休んで寝ていたそうです。娘がコロナに掛かるのはこれが二度目です。コロナはかつての勢いはなくなっているでしょうから、全く風邪と同じことでしょう。寝ていれば直ります。

 私の女房は、天ぷらとか、フライとか、鰻とか、脂物が大好きなようです。その中でも鰻は最高の好物のようです。無論私も大好きなのですが、何にしても鰻は、糖尿病には最大の敵です。脂肪分が多く、米は糖質に変わりますし、たれは糖分過多になります。たまに食べる分には問題ないのですが、しょっちゅう食べると覿面に血糖値が上がります。そのため、鰻を食べるとなると、前後数日は、余り米を取らず、脂物を取らないように気を付けています。

 ただ、いざ食べるとなると体のことなど気にしてはいられません。根が大好きなのですから、重箱を見ただけで食欲がわきます。さて、この日は、鰻屋の親父さんが休みで、息子さんが店を仕切っていました。この親父さんと私は同じ年です。最近親父さんはちょくちょく休むそうです。

 鰻が来るまでは、モズクと枝豆をつまみに、ハイボールを呑んでいます。女房はオレンジサワーです。本当は鰻なら、酒なのですが、この後デスクワークをする都合で、ハイボール一杯と決めています。半分ほど飲んだ時に、鰻の骨を焼いたつまみがサービスに来ました。

 「あぁ、これはいけない、塩気がきつくて、ついついハイボールをお替りしてしまう。骨を食べているうちに、アルコールが増すといけない」。ここはお代わりを抑えなければいけません。

 やがて奥さんが重箱を持って来ました。いつもならテーブルに重箱を置いてそそくさと去って行くのですが、どうもこの日はいい鰻が入ったのか、私が蓋を開けるまでじっと待っています。蓋を開けると飯が見えないくらいびっしりと大ぶりな鰻が敷き詰めてあります。「あぁ、これは立派だ、色もいいし、大きいね」。

 そう言うと奥さんは満足して下がって行きました。誕生日を祝って、松のうな重にしました。女房は、「こんな大きな鰻でなくて、私は竹で良かったのに」。と言いつつも、当人は人一倍鰻が好きですから、顔がほころんでいます。

 何のかのと土産を買ってきたり、人から頂き物をしたりして、日本各地の旨いものは食べてはいますが、それでも女房にとって鰻は別格のようです。鰻料理は家で作ることが出来ませんし、調理してある鰻の蒲焼は、どうも鰻の甘露煮のようで、甘さがくどくなりがちですし、焼き立ての鰻でないために身に柔らかさがありません。やはり焼き立ての鰻を飯に乗せて食べるのは最高の贅沢です。

 土用の鰻と言って、暑い夏に鰻を食べるのは、暑さで弱っている体にいいと昔から宣伝をしていますが、実際は、その日に鰻を食べて、翌日、翌々日に体に滋養が回るものではありません。体力を養うなら、もう少し早くから何度も鰻を食べておかないと、ひと夏に一度の鰻でスタミナが満たされるものではありません。

 とはいえ、粗食だったかつての日本人からすれば、鰻はとても魅力的な食事だったのでしょう。今ではむしろコレステロールだとか、脂肪過多になることを心配して、食べるのを我慢する傾向にあります。とは言うものの、好きな人には止められません。

 私も日ごろは肌って鰻を食べようとはしませんが、食べたい気持ちは常にあります。然し、それは、ステーキや、すき焼き、焼き肉と同じように、せいぜい月に一、二回程度に抑えて我慢しています。その分、食べようと決心したときの、鰻を食べる喜び、ステーキを食べる喜びは格別です。旅先でもたまに一人で、ステーキを注文して、焼き上がるまで、水割りを楽しむこともあります。そうしたときには、350g程度の大きめなステーキを食べます。どうせ食べると決めたのですから、たっぷり牛肉を味わいたいのです。こんな時の食事は心から幸せを感じます。

 

 女房は「いつも買い物に行くときに鰻屋さんの前を通るのよ。あぁ、今日も焼いているなぁ、と思って通り過ぎるの」。食べたい気持ちありありです。さっきは「竹で良かったのに」。と言っておきながら、鰻も飯も残しません。私に「少し食べませんか」。とも言いません。私と同じにきっちり一人前食べました。食べたかったのでしょう。

 この日の朝、「今日は君の誕生日だから、鰻でも行こう」。と言うと、女房は急に晴れやかな顔をしました。たぶん、数日前からひょっとして私の口から、鰻屋の話が出るんじゃないかと、ほのかな期待していたのでしょう。然し、自分からは決して言い出しません。大人しいのです。

 ましてや昨日はすみれが来れないことが分かっていましたから、誕生日は素通りされるのか、と諦めていたのでしょう。思いがけなくも念願かなって良かったのでしょう。雨の中を出かけて、帰りも雨、一日中雨は止みません。でも楽しそうでした。こんなに鰻を喜ぶのなら、矢張り松にしてよかったと思いました。

続く