手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

白富士

白富士

 

 23日のジャパンカップの翌日(24日)、私は富士にマジック指導に行っていました。もう20年以上になりますが、富士のアマチュアの皆さんに毎月一回、マジック指導をしています。

 新幹線が沼津を超えて三島に近づくと車窓から富士が大きく見えてきます。今の季節は富士のすそ野まで真っ白です。毎月富士に出かけていますが、富士がよく見える確率は大体半分くらいでしょうか。特に春は霞がかかって曇り空が多く、富士の全貌が見えないことが多いのです。然し24日は、うっすら霞みながらもよく見えました。

 周囲の山々は墨絵のようにモノトーンで濃淡によって山が重なる姿が分かります。北斎や広重の浮世絵で使う、モノトーンのグラジエーションが、あれは絵だからそうなっているのだと思いがちですが、実際春に、霞んだ山々を眺めると、まさに広重が描いた世界そのものです。そうした中で富士だけは別格で、色も形もはっきりと、大きく美しく存在しています。

 富士の町はどこにいても富士が良く見えます。新幹線駅からも大きく裾を伸ばした富士が見えます。然し私の指導している、田子の浦の公民館から見る富士は見事です。「田子の浦ゆ、うち出でてみれば真白にぞ、富士の高嶺に雪は降りける」。

 万葉の歌人山部赤人の歌です。千年以上も前にこの地に来て、田子の浦から富士を眺め、その美しさに感動したのです。富士の上の方が真っ白だと言っていますので、時期も今頃かも知れません。平安時代田子の浦がどんな風だったのかは全くわかりませんが、歌に残したいくらいに美しかったのでしょう。その富士を私も度々眺め、「あぁ、今日はいい富士だ」。「今日は頭が見えない」。などと他愛もない話をしています。確かに、田子の浦から眺める富士は価値があります。願わくば港の周辺がもう少し綺麗な街並みだったなら素晴らしい観光地になるのですが。

 

 さて、この20年間に、富士の指導の受け入れ先が、富岳マジッククラブから、マジッククローバーズに変わるなど、メンバーも変わって行きました。クローバーズはクラブ員自体は30人くらいいるそうですが、その中のより熱心な人が10人程度参加して、私の指導を受けています。

 リーダーは佐野玉枝さんと仰って、熱烈にマジックが好きで、物凄く練習をする人です。積極的に富士市内でボランティア活動をして、マジックを見せています。小学生や、市のカルチュアーセンターでマジック指導もしています。

 実際、佐野さんは、もし東京近郊に住んでいたなら、確実にプロとしてやって行ける人です。もっと早くに知り合っていたなら、積極的にプロになるよう私も支援したはずです。富士と言う、限られた地域で活動させておくのは勿体ない人です。

 無論そうした人ですから、近隣のマジッククラブなどからも度々ゲスト出演の依頼をされています。5月に小田原のマジッククラブのゲスト出演をすると言うことで、先日は、手妻の「紙片の曲」を練習しました。振袖にするか、袴をつけて男ぶりにするか、迷って、二種類の衣装を着て二回稽古をしました。楽しみがあっていいですね。

 このクラブでは、会員さん一人ずつに演技手順を作って指導しています。それを毎回演技を見て細かなところを直して行きます。11時30分から稽古をスタートをして、個々の手順稽古を二時間行います。1時30分ころ、皆さんでお菓子を食べてお茶を飲んで休憩します。

 その後は、一つのマジックをみんなで練習します。シンブルであったり、シルクマジックであったり、ロープであったり、手順物を学びます。

 こうして毎月、プロがつきっきりで指導しますので、このクラブにいると、5年もたてば相当に巧くなります。80過ぎのお爺さんがカードマニュピレーションをしたりします。他のクラブではちょっとあり得ないレベルです。

 毎月熱心にボランティア活動をしていますし、地域の人達からも信頼を得て活動しています。多くは子育てを済ませた人たちなのですが、みんなマジックをすることに喜びを感じています。

 

 そうしたアマチュアさんたちを見ていると、「地方都市に住んで趣味でマジックをするのもいいかなぁ」。と思います。東京に住んでいると、家賃や駐車場代がかかり、物価も高く、給料だけではなかなかやって行けないため、主婦がパートの仕事をしたりして、労働する時間が余計にかかりますが、地方都市で、親が住んでいた家を譲り受けて、庭に車を停めて生活している分には、ほとんど余分なお金がかかりません。

 その分、マジックの道具を買ったり、衣装を作って華麗に変身して舞台に出たりすることができて趣味が充実します。衣装もボランティアでたびたび使用して披露できますし、演技をして、人に感謝されれば、この上ない喜びです。

 これは地方都市で趣味とするには最も有効な活動ではないかと思います。但し、いま日本中では、徐々にステージマジックの愛好家は減少しています。新しく若い人が入ってこないことが問題です。

 私は、ステージマジックは充分若い人にもアピールできると考えていますし、やりだしたら面白いことは分かると思いますが、簡単にネットなどで覚えられるクロースアップの方に若い人が集まってしまうのが現状です。

 然し、本来マジックはクロースアップ、ステージと分ける理由はありません。クロースアップマジシャンでも仕事場によって、ステージアクトをやらなければならない場合も多々あるわけですから、学ぶ場所、学ぶ内容をセレクトして、指導のシステムを作れば、若い人も集まって来ると思います。

 

 少し指導の方向を変えるべく、5月14日から三か月、秋葉原でステージのレクチュアーをします。高橋司さんと、トランプマンの中島さん主催によるレクチュアーです。もしよかったら問い合わせてみてください。けっこう参加者が集まっているようですよ。

 

 さて、24日の指導は5時に終わりました。外に出ると雨でした。もう富士は隠れてしまっています。急に肌寒くなってきました。これから東京に戻れば、家に帰るのは7時頃。途中寿司屋によって、シマアジと鰹の刺身で一杯吞もうかな、いいなぁ、今の時期の鰹は脂が少なく、わずかな渋みがあって、日本酒と合わせると鰹のうまみが立ち上がって来て、最高にいい肴です。そう思うと自然と足が速くなります。早く帰ろう。

続く

ジャパンカップ2024 コンテスト 2

ジャパンカップ2024 コンテスト 2

 

 24日のジャパンカップコンテストの続きの感想。10人のコンテスタントが終わって、20分の休憩に入りました。私の隣には、ケン正木さんがいて、いろいろ話をしました。かつてのクロースアップコンテストに見られるような、基本的なミスはほとんど見なくなったのは進歩です。

 また、おどおどして全く喋りのできない人が必ず何人かいたものですが、今は誰もが良く喋ります。そうした点、マジックをする人が総体に見せる力がついてきたのでしょう。良い流れになったと思います。

 但し、問題点もいくつか見えてきました。二点申し上げましょう。

 先ず喋りです。喋りが出来るからと言って、だらだら無駄口を言う人が多くなりました。今回のコンテスタントはさほど無駄な喋りはありませんでしたが、それでも言葉の選択に問題ある人が散見されました。喋りが話術に昇華せず、無駄話になっています。

 アマチュアも、プロも、しゅべりが達者になった分、緊張感がなくなってしまいました。だらだらと無駄話をします。「慣れと芸」を混同しています。喋るのではなく駄弁る(だべる)になっています。笑いを作ることは大切ですが、それもこれも、自身が創り上げる世界観が先になければいけません。目的があっての笑いでなければなりません。

 それを勘違いして駄弁りを繰り返しても、それは話術、話芸にはなりません。喋りの巧いマジシャンとも評価されません。言葉はよほどセレクトして喋らなければ、知性ある観客、社会的に地位のある観客を感動させることは出来ません。

 プロのクロースアップマジシャンを見ていても、このところ、雑な話し方をして、それで自身は喋りが巧いと勘違いをしている人を見かけます。これは要注意です。巧いと慣れは別次元の技量です。

 

 二つ目は、自分の頭の中でのみマジックを構築して、いきなりコンテストにかける人がいます。そうした人は、実際に自身の思い付きを人前で演じてみると、思っているほど観客には受けないことが分かるはずです。作った演技を初めて見せる場が、FISM参加のコンテスト、と言うのは多くの関係者に失礼なことです。先ず人前で散々に見せた上でコンテストに出ることを心掛けなければなりません。

 然し、どう見ても人前で演じていない手順を持ってくる人を何人か見かけます。自身の考えを盲信しているのです。そうした人が、例えば、ローカルコンテストで少し褒められたりして、プロになろうなどと考えると。自称プロであっても、支持者は少なく、当然仕事が少なく、生きて行けなくなり、自然自然に淘汰されてしまいます。

 プロで生きると言うことは、他人から評価されることであり、巧いマジシャン、すごいマジシャンと言う評価はお客様がすることであって、自己採点では生きては行けません。さりとて、観客にこびてばかりいては自分の世界が創れません。受ければいいと言うものではないのですが、受けなければ話になりません。ショウに生きるものは、役者であれ、ミュージシャンであれ、マジシャンであれ、常に観客と自身の創り上げる世界観のはざまで一生苦しむのです。

 

 アマチュアが大きなマジックのコンテストに出ると言うことは、マジックの奥の院に踏み込んで、自己の想像力を試すことになり、これは、人生の大きな体験となります。

特に、10代20代の人は、コンテストを通して、大人の世界を覗き見ることになります。世界がどんな仕組みで出来ているものなのかを実体験するのは、その先に自身が別の職業に就くときなどに大きく役に立つことになります。

 マジックをマジックとしてだけに捉えず、コンテストを入賞することばかり捉えないで、マジックを通して広い心を養うことが、将来大きな成果を手に入れることになります。

 

 さて、休憩の後、バーディーさんのレクチュアーと、ヒロサカイさんのレクチュアーがありました。海外ゲストが出演できなくなったためのピンチヒッターです。

 その後、表彰式が始まりました。

 コンテストの結果は、一位がIBUKIさん、二位が五太子さん、三位がKim sinng kongさん。になりました。

その後は、ジャパンカップの表彰式です。

 

 NMFフェローシップ賞は、Noirさん。大阪のフレンチドロップにレギュラー出演。精力的に自主公演をしているそうです。

 

 著述放送文化賞は、名古屋のテレビ、スターキャットTV放送さん。丸山真一さんが出演して、マジック番組を放送しています。

 

 功労賞は、渋谷慶太さん。これは、私が賞状をお渡ししました。ケン正木さんの弟子になって修行して30年、その後マジックショップ、ファンタジアを設立、店を新しくして、劇場まで作って、自己の夢を実現させています。師匠のケン正木さんにも舞台に来てもらい、一緒に写真を撮りました。

 

 NMFファン投票最高点賞(名称は不確かです)。市原とうまさん。先ほどコンテストに出ました。今年から一部門追加だそうです。入賞を心から喜んでいました。

 

 ベストクロースアップマジシャン賞。谷秀樹さん。懐かしい名前です。今も活躍していることは喜ばしく思います。

 

 マジックオブザイヤー賞。マジシャン先生 KENTOさん。何年か前、ジャパンカップの司会などして、何度か見ています。今はオーストラリアで活躍中とのこと。すごいですね。

 

 そして今年のジャパンカップは、KENTOさんかと思いきや、渋谷慶太さん。思わず渋谷さんは涙が止まらなくなりました。長く続けていればいいことがあると言うことでしょう。ケン正木さんも感無量で大喜び。良かったですねぇ。

 

 と、言うわけで、今年の表彰式は終わりました。田代さんは、良くマジック界の中をくまなく、目立たない人まで探し出して表彰しています。そうした気配り、目配りはなかなかできることではありません。単に知名度のある人にショウを与えるのでなく、こうしてマジック界全体を見渡したうえで、仲間を讃え合う活動は素晴らしいと思います。

 一つ授賞式で気がかりだったことは、受賞者を祝う時に、「おめでとうございました」。と過去形で言う人が多かったことです。授賞式は喜びごとの真っ盛りですから、「ございました」、ではなく、「ございます」。です。良きことは長く続くように、現在形で話すのが日本の常識です。受賞者も「有難うございました」。ではなく、「有難うございます」。と返礼するのが正解です。気になりましたので一言添えておきます。

 表彰の盾に毎年の受賞者のネーミングを刻んでいますが、もう彫り込む余地がないそうです。大きな盾に作り直すには費用がかかります。みんなでカンパしましょう。是非とも次の世紀までジャパンカップが続くことを願っています。

続く

 

ジャパンカップ2024 コンテスト 1

ジャパンカップ2024 コンテスト 1

 

 JCMAではこのところ立て続けにコンテストを開催しています。僅か50人程度の集まりにしっかりとした会場を借りて、コンテストを開催し、その都度、海外ゲストや、国内のマジシャンに協力を依頼するのは、膨大な時間と費用が掛かっていると思います。田代茂さんの奉仕活動に頭が下がります。

 私も結果として、プレゼンターの役を23年間続けました。23年と言う年月は、全く新しい人を作って行きます。始めのうちは、見ていられないくらい内容のお粗末だった日本のクロースアップも、今では充実した演者が増えました。

 

 会場はホテルニューオータニの中にある紀尾井町ガーデン。ここはよく政治家のパーティーなどが催される場所で、私もたびたび別の部屋でショウをしています。

 12時30分、オープン。13時からクロースアップコンテスト。今回の入賞者の中から2名がFISMアジアのコンテストに出られます。チャレンジャーは10名。以下は私の感想。

 

 TOMO。ルービックキューブが瞬時に模様が揃うアクト、2つのキューブとダイスを振っての数字が予言しておいたポスターに描かれた絵と一致すると言う結末。事前のセットが長いこと、演技が始まってからなかなか不思議な現象が起きないことなど、手順自体に難あり。道具が多いのも気になります。構成を工夫すれば面白くなるのに残念。

 

 Novyukki。事前のセットが長く、演技を見ると、テーブル上に道具が盛りだくさん。既にクロースアップの枠をはみ出して、アマチュアのおばさんのステージを見ているよう。ルービックキューブを鍋の中に入れて、液体を入れて。中華のレシピで煮込むと柄が揃います・・・。テレビの料理番組のパロディでしょうか。なるべく善意でマジックを見たいと思いつつ、最後まで見方が分からない演技でした。

 

 MOGAMI。お客様に自転車の盗難除けのループを首にはめてロックして、その7桁の数字を当てるもの。また、事前にホワイトボードに予言しておいた、形状と4桁の数字を当てるもの。どちらも不思議。でも、お客様に首輪を嵌めるのは見た様印象が悪いです。そうしてもらいたいと言う趣味の人もいるかも知れませんが、好意で上がって来たお客様に何をしてもいいと言うものではなく、これを一般のパーティーで演じたなら、マジシャンに悪感情を持たれてしまうでしょう。もっと夢のある世界を見せて下さい。

 

 Kim song  kong。韓国から参加、矢張り事前のセットが長い。演技は、自前で持ち込んだテーブルの上で羽根が出たり消えたり、或いはシャボン玉が現れます。見るからにメカニックな動きが気になります。実際テーブルは仕掛けだらけで、特定の場所に羽根を置くと羽根が立ち上がったりします。からの手から羽根が出たり、増えたり、不思議は続きましたが、演技は、ステージマジックそのもの。テーブルメカの多用が興をそぎます。こうしたことをしないのがクロースアップではないのですか。

 

 Ke teen。ワルツに乗って、カードをテーブルに置いてゆくうちに、音楽が乱れ、その度にカードがジョーカーに変わります。発想は面白いし、マジックも不思議です。ただ初手の発想が延々続きます。しかも、なぜジョーカーが出ると音が乱れるのかと言う根本理由が解明されないまま演技が続きます。頭の中だけで作り上げたマジックに見えます。上手い人なのに残念。 

 

Kisser。先月のコンテストの準優勝者。口の中でポップコーンを作る人。好悪のはっきり分かれる演技です。私は大好きです。何しろ一度見たなら忘れられません。夢にまで出て来ます。マラカスを振りながら出てくるところからインチキおじさんです。

 でも、この人は決して無茶苦茶な演技をしているわけでなく、演技のベースは、手妻(てづま=古典奇術)の「小豆割り(あずきわり)」です。小豆割りを現代に演じたならこうなる。と言う、テーマを持っています。演技全体はこの人の持つ奇妙な世界観で統一されています。この芸を嫌う人に対しては、とにかく勝つか、有名人になって、批判する人をすべて封殺することです。

 作曲家のマーラーは生前全く売れませんでしたが、「やがて私の時代が来る」。と言い続けました。実際今日のマーラーブームは予言の通りです。やがてキッサーの時代が来ると信じて、マラカスを振り続けて下さい。

 

 IBUKI。先月の優勝者。キッサーさんと好対照、見た目が少女漫画の主人公のようで、人当たりが良く、万人受けするキャラクター。ジャケットについている大きなボタンが、出たり消えたり、ハンカチに移動したり、ボタンのアセンブリー。その都度ボタンがハンカチやジャケットに縫い込まれている不思議。実際不思議です。もうすでにアジア大会を想定して、英語で演じる所が余裕です。

 

 Kim jeong yeol。韓国から参加。名刺大の小さな枠から、白いポーカーチップが出たり消えたり、そのうち赤いボールが何個か現れ、大きなボールに変化。三角のピラミッドが出て来たり、白いボールに変化したり。全て名刺サイズの枠の中の出入りに終始しますので、盆栽の世界を見るようです。

 但し、分厚いマットを使い、メカの使用が気になります。それでいて演技はさっぱりとしていて、京都の竹の子の水煮を食べているような感覚です。目立ったインパクトはなく、地味でデリケートな世界から何を引き出したいのか、今一つ見えません。

 仮に「わび」を感じさせるような高尚な演技を作りたいのなら、演者の人としての成熟度が求められるでしょう。出る、消えるの不思議を強調するのではなく、その外に広がりを感じさせる演技をどう作るのか、そこを突き詰めたなら、韓国奇術界のオーソリティになれるでしょう。

 

 五太子。カップ&ボール。良く工夫された手順です。見ていて不思議ですし、誰とも違う考えでマジックを構成しています。本物のお坊さんで、僧の姿で演じ切るのも面白いし、又よくあっています。正座して、床で演じる姿は、奈良平安の昔から千年変わらぬアジアのマジックの世界です。始まりのお鈴、お終いのお鈴、センスの良さが光ります。6月30日の。私の主宰する武蔵野芸能劇場でのマジックマイスターにご出演願います。

 

 Ichihara Touma。先月も拝見。二つの不思議なカード当て、一つは、相手の選んだカードをデックに入れてシャフルしてもらい、何枚目にあるかを当てるもの。二つ目はお客様のカードを使い(そんなお客様がいる条件が謎です)、カードをサインしてもらい、シャフル。もう一人お客様に数字を紙に書いてもらい、その数字が予言と一致、そしてその数字の枚数からサインしたカードが現れる。いずれもあり得ない現象で不思議です。マジックの世界で、マジック的な発想で、マジックを考えたなら、これほど不思議な世界はないのですが、但し、素人が見たなら、単純なカード当てを長く引っ張って演じているだけに見えるでしょう。

 ひたすら自己の不思議を追求する、ストイックな研究家として評価される人なのでしょう。但し、私のように、キッサーさんの芸を褒める観客には、なかなか通じにくいマジックです。私のような無知蒙昧なる衆生に、もう少し憐れみを持って微笑んで下さい。

 

 さて、10人の感想を書いたら紙面が一杯になってしまいました。全体の感想と、マジックオブザイヤーの表彰式はまた明日。

続く

 

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勝利体験 2

勝利体験 2

 

 有名スターのマネージャーや、スターの親、兄弟、親戚がスターをサポートする場合。スターではない人が、スターの環境の中で長く生活するのは大きなストレスを溜める仕事になります。

 有名人と言うのは、名前や人気をお金に変えて生活することですから、常に人の噂になって、毎日人から騒がれていなければ生活して行けません。舞台に出たなら常にファンに騒がれ、その人気に答えるように特技を披露します。人を越えた技があるからファンは大騒ぎをします。

 然し、家族やマネージャーは特別の技術も才能もないままにそうした観客の中で煽られ続け、理解不能な熱気の中で生きて行かなければなりません。

 これが、日々、積もり積もって行くと大きなストレスになって来ます。スターは連日ファンにもみくちゃにされながら、山と積まれた色紙にサインを頼まれつつ、うんざりしながらもそれを自分の成功の代償と諒解することができます。結果それが生き甲斐であり、充実なのです。

 ところが、マネージャーや、スターの家族は、日々、ファンの対応を求められたり、苦情処理をしたり、仕事の打ち合わせをしたり、時間調整をしたりと、雑用に追われつつも、やっている仕事は実績と言うようなものはほとんど残りません。

 スターの周辺には、同様にセレブな人たちが集まり、家でも衣装でも想像を絶するようなけた違いな贅沢な生活しています。離れて見ている分にはそれも憧れの一つですが、余りに間近に差を見せつけられると、自分自身が余りに地味で小さな存在に見えて来て、その中で何を人生の目標として生きて行ったらいいのか、生きる目標が見えなくなって行きます。

 そうした中で、スターの周辺にいる家族や、マネージャーはどうしても刹那的な生き方をするようになりがちです。ギャンブルをしたり酒におぼれたり、色ごとに走る人が多いのです。昔から、有名歌手の家族がやくざとのつながりを持って捕まったり、博打で捕まったり、覚せい剤で捕まったり、なぜそんなことをするのかと首をかしげてしまいますが、やくざは人の心の隙間に入り込んで寄り添って来ます。

 娘が歌で何億も稼ぐ傍で、父親がやくざの賭場で何億も金を溶かしてしまいます。気が付けば親もスターも無一文になっているなんて、いくらもある話です。親兄弟、マネージャーはいくらスターを真似しても、稼ぎの点では追い付かないものですから、必ず金が足らなくなります。そのうち、売り上げ金を持ち逃げしたり、経理をごまかしたりするようになります。

 彼らは決して貧しい境遇にいるわけではないのに、不祥事をすることが多いのは、近くで連日成功を繰り返しているスターを見ていて、自分自身との落差にストレスが溜まって行くからだと思います。

 世間の人は「こんなにいい環境に居ながら、何でもっと自分のしたいことを見つけてまともに生きて行こうとしないのか」。と思いますが、余りにスターが強烈な人生を歩んで成功しているためになすすべがないのかも知れません。

 

 さてそこで、水原一平さんです。若いころからギャンブルが好きで、ロスアンジェルスにある、カジノに出入りしていたと言うのは当人が話しています。アメリカは、多くの州はギャンブルは違法ですが、特定に定めたホテルなどに併設されたカジノでのギャンブルは認められています。そこはラスベガスと同じく、スロットマシーンや、ルーレット、ポーカーゲームなどが連日行われています。

 そうした特定の場所でギャンブルをすることは何ら問題ではないのです。日本のように、どこの駅にもパチンコ屋さんが何軒もあって、誰でも簡単には入れてパチンコやスロットが出来ると言う環境と比べると、特定の場所が決まっているのは節度があって、青少年に与える影響は極めて小さく、常識的な活動と言えます。

 恐らく一平さんはそうしたカジノに出入りして、若いころは収入の範囲でポーカーなどを楽しんでいたのでしょう。それが大谷選手と知り合って、大きな収入を得るようになると、気持ちが大きく変化します。大谷選手の成功に比して、自分の目標が見いだせない焦りを感じていたのでしょう。

 ギャンブルを一獲千金のチャンスだと考えている人は多いのですが、実は、ギャンブルマニアの本心は、金儲けは二の次で、人生の目的が見いだせないまま、何とか勝利体験をしたいのだと思います。人生をかけてやるべきことを見出せない人が、心の中で何かに勝利したいと言う願望が募るのです。一体どうすれば勝利体験ができるのかと言えばギャンブルなのでしょう。

 多くのギャンブルファンはギャンブルが大きな稼ぎに結び付かないことは内心知っています。それは、ギャンブルと言うものが、続けて行けば必ず確立に収まって行くからです。昨日勝った、今日勝ったと言っても、長い目で見れば、勝った分と同じくらい、あるいはそれ以上に負けるのです。それは10年20年とギャンブルを続けて行けば答えは明らかです。

 それでもギャンブルファンがいて、やり続けるのはなぜかと言えば。彼らは勝利体験を手に入れたいのです。何かに勝つと言う爽快感を味わいたいのです。それだけ日常の仕事と言うのは成功体験、勝利体験とは縁遠い、組織の中の一つの歯車のような仕事ばかりなのでしょう。

 それゆえギャンブル好きなサラリーマンは仕事を終えるとわずかな時間を使って、小銭でパチンコをして、あわよくば勝利を手に入れようといそしむのです。10回に一回の成功でもいいから、勝利を体験したいのです。

 サラリーマンが3000円使って、1万円の勝利を掴むなら、可愛い疑似勝利体験です。それで満足できるなら、パチンコは世間の人が言うような社会悪ではありません。その程度の遊びは許されてもいいでしょう。酒も同様に、何をどうして行っていいかわからない人の傍に優しく寄り添って成功の夢を見せてくれます。疑似成功体験を提供してくれます。それはある意味必要なことです。

 一平さんにとって不幸なことは、隣に常に大谷選手がいたことなのでしょう。彼の成功に比して、一平さんのギャンブルは小さすぎたのです。1つ思いっきり大きく勝負してみたいと、常々狙っていて、大勝負を繰り返しているうちに、6億8千万円の穴をあけたのです。普通の大物タレントならそれほどの使い込みをされたなら、事務所倒産になるでしょうし、タレントも二度と浮かび上がれないでしょう。然し、大谷選手は、「二度とするなよ」と言って、一平さんを許し、使い込んだ金を与えたのです。普通は出来ません。大谷選手だから出来ることです。

 然し、一平さんの心は一層晴れないでしょう。情けを賭けられて、大谷選手に助けられるのは不本意です。いつかまとめて現金を返したいのです。それにはどこかでとてつもなく大きな成功体験をしなければなりません。返せる当てはギャンブルです。

 バカだ、無謀だと言われても、やって見たいのです。傍に大谷選手がいるからなおさら大勝利に浸りたいのです。私にはわかります。ギャンブルマニアの本心は金ではなく、勝利体験にあるのです。

続く

勝利体験 1

勝利体験 1

 

 一昨日(20日)から始まった韓国でのドジャース戦は、大谷選手の奥さんやら、試合での活躍の話題が満載で始まりました。ところが翌日の朝、大谷選手の盟友、水原一平さんが解雇されたと言う噂がネットに流れました。

 どう考えてもあり得ない話ですから、初めはフェイクニュースだろうと思っていました。然し、時間が経つにつれて情報は確実なものになり、複雑な事情が見えてきました。

 元々一平さんは大のギャンブル好きだったようです。アメリカ育ちの人ですから、多分日頃からポーカーなどをしていたのでしょう。ある日、裏社会のスポーツギャンブルのオーナーと知り合います。

 これはいわば、競馬の飲み屋と同じで、公に認められているスポーツギャンブル(勝利チームを当てる賭け、ほとんどの州で公認されていますが、カリフォルニア州は非公認)を、ギャンブル好きを集めて、裏で簡単に参加できるように、呑み行為(主催者でない者が、投資者を集めて、私設の賭場を作り、チケットを買わずに掛け金を着服して、勝者に配当金を渡す)、をしている組織です。その人と知り合って、ネットや携帯電話を利用して口張りでギャンブルをしていたのでしょう。これは違法行為です。

 私の親父もよく、競馬の呑み屋と付き合っていました。闇で呑み屋に金を支払い(馬券は買ったことにして、互いに口で張っています)、当たれば配当を貰っていました。利用する側は、馬券売り場まで買いに行かずとも、電話一本で、元金なしで競馬が出来るために便利ですから、全く罪の意識なく呑み屋を利用していました。一平さんも同じだったのでしょう。

 ところが、こうした人たちと仲良くなると、元金がなくてもいとも簡単に顔で金を融通してくれます。これが呑み屋の儲けの手口です。ギャンブル好きな利用者の欲に漬け込んで、いくらでも金を貸すのです。ギャンブルは勝つ人よりも負ける人の方がはるかに多いのですから、堂元は必ず儲かります。しかも、客が過熱すればするほど呑み屋は儲かります。やがて客は破綻して行きます。無論、呑み屋はそんなことは承知です。

 それゆえに、社会的に資産のある人、会社経営者や、商店主、あるいは顔の知れている芸人などを顧客にします。繁盛している店の経営者なら負けても代金は支払えますし、払えなくなったら、店を抵当に取ることもできます。呑み屋は人生に成功している人に狙いを定め、あとはゆっくり転落して行くのを待っているのです。

 恐らく一平さんもその一人だったのでしょう。この人は、顔が売れています。背後に大谷選手がいることはみんな承知です。そうなら、呑み屋は彼のギャンブルには無条件に金を貸したでしょう。取れなくなれば、大谷選手の名前を出せばいいからです。

 

 一平さんのギャンブルの負債が急に大きくなって行ったのは、2022年ころのようです。時あたかも、大谷選手が、移籍先と交渉していたさ中のことで、数千億円の金が大谷選手に入ってくる話をしていた頃でしょう。

 恐らく大谷選手のことですから、移籍したなら、一平さんにもそれなりのボーナスを出そうと言う話があったはずです。これで一平さんの頭の中の計算機が壊れ始めたのでしょう。

 恐らく一平さんはいずれ貰えるボーナスで気持ちが大きくなり、一気にギャンブルの掛け金が上がったのです。そして気が付けば、6億7千万円の借金です。

 恐らくこの件が発覚する、数日か数週間前まで一平さんは、まるで鉄火場の中で生活をしているような状況でギャンブルに夢中になっていたのでしょう。然しある日、「もう金は貸せない。いままでの分を支払ってくれ」。と言われたのです。典型的なやくざの手口です。

 言われて一平さんは、その瞬間、事の重大さに気付いたのです。この事を大谷選手に相談したのか、あるいは、大谷選手から預かっている金庫から掴み金をしたのかは知りません。たぶん、大谷選手に素直に相談したのでしょう。

 およそギャンブルをしない大谷選手は、一平さんの気持ちはわかりません。但し、長年の友情から、全額借金の肩代わりをする約束をしたのでしょう。「もう二度とギャンブルをするなよ」。と言ったそうです(この経緯はあとで一平さんが全否定しました。然し、この話は事実でしょう)。

 友人のギャンブルの付け6億7千万円を一括で支払ってやる大谷選手の肝の太さは大したものです。私も仲間が困っている時には気前よく出してやりたいですが、6億円がありません。大谷選手にとっては金など問題ではないくらいに重要な仲間なのです。恐らく一平さんは涙を流して大谷選手に感謝をしたでしょう。

 然し、問題は簡単には収まりません。私設のギャンブルに大谷選手が、自らの名前で振り込みをしたと言うことは、一平さんの堂元が大谷選手だと言うことになってしまい、大谷選手が呑み屋の顧客になってしまいます。友情は友情としても、呑み行為に大谷選手が関与することは、ドジャースに対しても、自身の経歴に対しても、甚大な被害を与えることになります。

 ここでドジャース幹部が動き出し、問題を、大谷と一平の話から、ドジャースと一平の話に切り替えます。そうしなければ、大谷選手は犯罪者になってしまいます。何としてもドジャースは大谷選手を守らなければなりません。そこで、全ての責任は一平さんにあるとして、一平さんを解雇する結果になったのでしょう。

 本来、大谷選手とすれば、自分が金を出すことですべて事実を消してしまい、一平さんにこれまで通りサポートしてもらいたかったのでしょう。だが、それは許されなかったのです。もし、大谷選手が、自分の口座から現金を振り込まずに、一度一平さんに金を渡して、一平さんから振り込ませたなら、大谷選手への被害は及ばなかったと思います。然し、金銭に無頓着で、仲間への思いやりの深い大谷選手の直接的な行為は、むしろ問題を大きくしてしまったのです。

 

 さて、世間の人は「一平さんを、恵まれた地位を手に入れ、大谷選手から絶対の信頼を得ていながら、ギャンブルに手を染めて転落して行くなんて馬鹿だ」。と言います。然し、私は一平さんの気持ちがよくわかるのです。なぜなら、芸能界には、一平さんとよく似た境遇の人がたくさんいるのです。私はそうした人を何人も見ています。明日はその話をしましょう。

続く

 

 

蝸牛(かたつむり)

蝸牛(かたつむり)

 

 長唄人間国宝である宮田哲夫先生に、何年か前に色紙をお願いしたことがあります。ほんの軽い気持ちで、お名前だけでも書いていただければよかったのですが、「それじゃぁ、書いて送りますよ」。と言われ、後日、額に入って、彩色された蝸牛の絵と、肩に川柳の書かれた立派な色紙が届きました。

 恐縮です。早速応接間に飾らせていただきました。文字は、「弛まざる あゆみおそろし 蝸牛」と書かれていました。真ん中に大きな紫陽花(あじさい)の花と葉が描かれています。肝心の蝸牛は、葉の右端にちょこんと描かれています。

 蝸牛にすれば、この葉と花が全ての世界なのでしょう。通りがかりの人が見たなら、なんでもない風景です。然し、蝸牛にすれば、ここまでようやく上がって来て、なおまた葉の頂上を目指して動いています。ここに来るだけでも一苦労だったのでしょう。

 蝸牛を見ていると、進んで行くたびに通った後には、艶々とした通り道を作って行きます。あの粘液は多分自身の身を削って滑らかな舗装道路を作っているのでしょう。あんまり粘液を使い過ぎれば、途中で干からびて死んでしまうかも知れません。蝸牛ものんびり歩いているようで、決して楽に生きているわけではないのかも知れません。だからと言って誰も蝸牛の苦労をねぎらうものはありません。蝸牛も日当たりのいい、良く育った葉に到着して、これからたっぷり葉野菜を頂こうと言うのでしょう。

 

 「だから何なんだ」。と、問われても答えはありません。ただそれだけのことです。然し一芸を極めて、人間国宝になられた人が描く蝸牛の世界は簡単な道のりでないことを思わせます。

 好きで入った道ならば、誰でも人一倍練習して巧くなろうとするでしょうし、工夫もするでしょう。しかし、そうして真面目に稽古をしているうちにどうにかなるかと言うと、それだけでどうにかなるものでもありません。長唄の世界なら、多くは町のお稽古やさんの師匠になって素人の長唄好きを集めて稽古をつけて行く人生を送るのでしょう。

 一つの世界で名前を成すと言うのはそうした生き方とは違います。一つの社会のトップテンに入るくらいの実力を持った人でなければ舞台の依頼は来ないのです。そうなるにはどうしたらいいのでしょうか。

 芸事は、伸びる人は確実に伸びますし、大きくなる人は大きくなって行きます。それもすぐに大きくなるのではなく、人に気付かれないくらい、わずかづつ、大きくなってゆくのです。

 芸能は、やればやっただけ巧くなるなら、芸能の世界は名人だらけになってしまいます。そんな簡単にうまくはならないのです。やってもやっても上手く行かない日々が何年も続きます。ところが、ある日、知らぬうちに、自分で演じていても、スムーズに自分を表現できる日が来ます。「あれ、こんなに簡単にできるんだ」。と自分で驚きます。

 表情も自然になり、喋っていても(唄っても)自分の考えで出来るようになります。お客様からも、「最近よくなったよね」。と言われるようになります。芸が一段上がったのです。してやったりと満足していると、又一年もしないうちに悩み始めます。今以上に巧くなる方法が見つからないのです。巧くなったと思ったのは、下手なレベルの中で少し超えたのであって、本当の巧さを手に入れたわけではないのです。

 本物になるにはどうしたらいいのか、またまた悩みます。巧くなりたいと思います。いや、仮に巧くなったとしても、だからと言って世間にもてはやされたりはしないのです。狭い世界の小さな評価でしかないのです。

 芸能は、やってもやっても巧くならないし、なかなか認められません。何年かに一回、少し巧くなります。然しその後はまた悩みの日々です。忘れたころ又巧くなります。芸事はそんなことの繰り返しです。

 そうするうちにやがて自分自身が腐って行きます。今やっていることなんて世の中に何の役にも立っていない。こんなことをしていては、大きな世の中の流れからどんどん離れて行く。これでいいのだろうか、こんなことしていてこの先、生きて行けるのだろうか。常に不安と、猜疑心が起こります。

 元々何の保証もない世界ですから、生きて行くことは常に不安です。それでいていつまで経っても人に認められないので、人生にあきらめが入って来ます。芸能で生きると言うことは、心の内側にある不安との戦いです。仮に売れていたとしても、今の生活がいつまで続くのか、この先どうなるのか、と考えればまたまた不安が募ります。

 それはよくわかります。私もこの道で60年も生きてきたのですから、マジックで生きることの不安は何百回も経験しました。今でも夜中にパッと目覚めて、「このままでいいのだろうか」。と不安になる時があります。芸能で生きる限り心の不安は一生付き纏うものなのでしょう。でもここが勝負です。

 芸能で生きるには自分が強くならなければだめなのです。どうにかなりたい、誰かに認めてもらいたい。と言うのは間違いです。まず自分自身が納得の行く芸能を突き詰めるのが目的です。蝸牛が誰かに認めてもらおうと前に進んでいるわけではないように、芸能は無心にやり続けて行くことが一番大切なのです。

 

 幸いなことに、長く生きて行くと、自然自然とファンや、お客様が付いてきます。そうした人たちが、ショウの出演話を持ってきてくれたり、様々な支援をしてくれます。これらは全く善意からくる行為です。しかし、そうしたファンのお陰で、生きて行けるようになります。確たる保証はないものの、人のつながりが、マジシャン一人を生かせてくれるのです。自分の作り上げた世界があって、それを支持する人がいて、自然自然に生きて行けるのです。特別なことではなく、ただマジックを続けて来ただけです。

 蝸牛が葉の上を舐めるように歩いて行く姿を見て、「あゆみ恐ろし」。と感じるのは、それは名人ゆえなのでしょう。殆どの人は、蝸牛を見て恐ろしと感じることはないのです。

続く