手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

大阪指導。大阪公演

 昨日は大阪の指導でした。大阪は若手プロマジシャンが7人加入しています。他にアマチュアさんが3人いますが、今は、コロナでどなたも参加していません。その7人のうち昨日は4人参加しました。今日出演する人が2人いますので、その人の演技を何度も見て、少し直しました。まずまずいい仕上がりです。

 大阪では基礎指導と手妻の二本立てで指導をしています。朝10時に来れば、午前中は基礎指導。午後から手妻です。半日いれば両方習うことが出来ます。大阪では徒弟制度が崩れてしまっていますし、指導をするプロもあまりいないようです。

 そのため、多くのプロマジシャンは、プロから習う場所がないままネットで道具を買い、DVDでマジックを覚えているのが現状です。然し、それではアマチュアと同じ条件です。いつまでたってもプロとアマチュアとの差ができません。プロはアマチュアを超えて、はっきりとした技量の差があってこそ収入になるのです。

 逆に言えば、どこでプロとして差別化をするのか、そこが出来てマジシャンの技量の差が決まってしまいます。全く稽古も、基本も学ばず、新しいことも考えず、アレンジも、演出も学ばないで、どうにかなろうとしてもどうにもならないのです。ある時期、人から学ばなければ、人より先に行くことはできません。

 自身の不足に気づいたら、躊躇していてはいけません。前に向かって行動しない限り、誰も引き上げてはくれないのです。

 

トランプさんの感染

 これはちょっと危険な兆候です。仮にトランプさんが悪化して、亡くなるようなことになると、アメリカは一層コロナに厳しい対策を取るでしょう。そうなると、イギリス、フランスが追従し、ロックダウンを再開する可能性もあります。それにつれて、日本が対策を強化することになるでしょう。

 然し、そうなると、世界全体が同時不況になり、今の不況が一層大きな不況になります。かつて第二次世界大戦のおり、アメリカは不況によって、日本人や中国人の排斥運動が起きて、アジアの労働者を排除しました。ヨーロッパは、自国の所有する植民地を囲い込み、植民地内で他国の作った工業製品を排除しました。

 そうした状況の中で、植民地をほとんど持たない日本や、ドイツ、イタリアなどの後発工業国は閉塞感の打開から、近隣の地域の支配拡大を画策し、それが第二次世界大戦の引き金になって行きます。

 もうこの先、世界大戦は起きないだろうと思うのは間違いです。世界中で生活が苦しくなれば、人は必ず自国の苦境を、近隣の弱小国に責任をかぶせようとします。ほんの小さなきっかけで、近隣国との戦いが起きて、それがたちまち世界大戦に発展します。

 案外50年後に今の時代を眺めた時に、トランプさんのコロナ感染が、第三次世界大戦の引き金になったんだ。と言う話にならないとも限りません。安易に極端な話に乗らないことです。極端な思想を持った人は怪しがってみる必要があります。

 

ZAZA公演

 今日はこれから、道頓堀に行きます。大阪マジックセッションです。幸いチケットもまずまずの売れ行きで、開催は問題なくできそうです。この催しをどう大きく、面白くできるかがこの先の発展につながって行きます。

 大阪の若手のプロマジシャンと、学生のアマチュアマジシャンによるコラボショウです。ここから新しいマジシャンが出て来ることを期待しています。もう少し大阪で多くのお客様が集まるようなら、東京のアマチュアや、プロマジシャンを何人か大阪公演に出演してもらいたいと思います。同時に、大阪のアマチュアや若手プロを東京公演に出演させたいと考えています。

 そして、数年のうちに、マジックコンテストを開催したいと思います。コンテストに出て。入賞した人は、東京と大阪の公演に、交通費、ギャラ、宿泊費を貰ったうえで出演ができるようにします。今、若手のマジシャンにとって必要なのは、賞状でもなければ、トロフィーでもありません。本当に必要なものは、一階でも多くの舞台の出演チャンスであり、良き観客なのです。

 よき舞台、良き環境を作り上げた上で、コンテストを開催すれば、そこに多くの人材が集まるでしょう。ここから優れたマジシャンが育ってゆけば、全国の市民会館に、マジックショウを売り込むこともできます。日本に千以上ある市民会館が、殆どマジックショウを主催し公演しないのはなぜか。それは多くのマジシャンが人を集める力を持っていないからなのです。

 お客様を集め、マジックの公演を打つ。ここからマジックの発展は始まるのです。そのはじめの一歩が京の公演です。しっかり目標を持って活動して行けば必ず思いは達成できます。そのための苦労ならば苦労ではありません。なんとしても続けて行きます。

続く

ZAZA大阪マジックセッション

 明日は、大阪マジックセッションです。これから大阪に行き、指導をします。書きたいことはいろいろありますが、時間がありません。すみません。

 GOTOキャンペーンのお陰で、交通費や、宿泊費が割安になりました。あちこち活動する者にとっては有り難いことです。然し、本気で政府がやらなければならないことは、コロナの風評被害を止めることです。コロナは決して危険なものではありません。普通に生活する分には罹りません。罹っても寝ていれば治ります。それを、外出するなと煽ることが、どれほど経済に悪影響を与えていることか。ここの元を断ち切らないことには、経済の復活はあり得ません。

 先ずは都知事や府知事の感染者報告は慎ませるべきです。テレビの感染者の発表もやめるべきです。発表しても何の意味もないことです。それよりもコロナ被害の倒産件数を毎日発表するべきです。コロナによる自殺者の発表を毎日すべきです。早くここを対処しないと、国が機能しなくなります。本当に怖いのは大恐慌です。

ヒュウガ&ザッキー

 今日(10月1日)は、月に一回の糖尿病の検査日です。午前中はほぼ検査で終わり、午後に日本舞踊の稽古に行きます。糖尿病はこのところ数値も安定していますので、大きな心配はありません。

 かつては毎晩、酒を飲んでいたのですが、今は家で酒は飲まず、たまに外に出た時にハイボール3杯ほど飲んで止めます。実におとなしい酒です。50歳で糖尿病と分かった時に、このままでは命が危ないと言われました。

 その時、私は今の家のローンがあと15年分残っていました。ローンを娘や女房に背負わせてはいけないと思い、その時から酒をやめました。やめたと言っても家で飲まないと言うことで、週に一回くらいは外で飲みます。それを15年間続けました。そして去年30年のローンを払い終えました。これで一安心です。

 さて、これで心置きなく酒が飲めると思いましたが、もう家での飲酒はやめました。時々飲みに行く程度で満足できるようになったのです。随分欲のない人間になったものだと思います。でもまぁ、これでちょうどいいのでしょう。明日は大阪に行きます。明後日はZAZAでの公演です。終演後久しぶりにみんなで飲めます。楽しみです。

 

ヒュウガ&ザッキー

 この一年半、急激にヒュウガさんとザッキーさんとの付き合いが始まり、毎月会っています。日向さんと言うのは東大マジック研究会にいて、卒業後、プロマジシャンになりました。以前から何度か接触があって、日向さんがSAMのマジックコンテストに出た時に、私が審査員をしたりする関係でした。

 彼が大学を卒業した後、しばらく縁がなかったのですが、ある時、彼が自主公演をしているのを知り、それを見に行きました。100人入るかどうかと言う小さな会場でしたが、満席でした。観客席にマリックさんが来ていました。芝居仕立てのマジックショウでした。しっかり観客の心をつかもうと努力をしています。これだけのショウを構成し、自ら出演する才能には感心しました。

 

 私は、前々から、私の知る東京大学のマジシャンは、芸能人に向いていないのではないかと思っていました。人を型に押し付けてみるのはいいことではありませんが、どうも私の知る東大生は、人や社会となかなかかみ合っていない人が多いように見受けられました。自己主張は強くても、相手がどう考えているかを理解していない人が多いように思います。こうあるべきだと主張しても、そうならないときはどうするのか、そこを修正する柔軟さに欠けた人が多いのではないかと思っていたのです。

 そんな人がプロになって、舞台に上がって、自己主張ばかりして、全くお客様が見えないような状況では、プロとしては生きては行けません。芸能とは、ぐちゃぐちゃした矛盾した世界ですから、万事理屈の通りには進みません。ましてやお客様の機嫌を取って、相手を喜ばせて生活してゆくなんていう生き方が、そもそも彼らにできるだろうかと思っていたのです。

 そんな東大生のマジック愛好家の中では唯一、菰原裕(こもはらゆう)さんは、愛想のいい、人の気持ちのわかる珍しい東大生だと思いました。彼には何度か舞台を依頼しました。そしてもう一人が、日向大祐(ひゅうがだいすけ)さんです。

 そもそもは、日向さんが昨年春に私の所に訪ねて来て、「自主公演を10年続けて、それなりの成果を見たのですが、この先どうしたらいいのか」。と相談を受けました。私は、日向さんが、自主公演を10年間続けてきたことに先ず注目しました。こういう東大生と言うのはいません。東大どころか観客から作って行くと言う発想を持ったマジシャンが日本にいないのです。

 彼の活動は、私が23歳の時から今まで60公演以上リサイタルをしてきたことと相通じるところがあります。私は、彼に興味を持ちました。そこで「文化庁の芸術祭に参加して見てはどうか」。と話し、芸術祭の資料や申し込み方法を伝えました。当人は芸術祭参加に意欲を燃やしていましたが、結局、参加には至りませんでした。

 その後、何度か会ううちにザッキー(神崎=こうざき)さんを連れて来ました。ザッキーさんも10年前から知っています。JCMAのコンテストで、ザッキーさんがコンビで出ていました。私はそれを審査したのですが、私はかなり高得点を入れました。

 この時、彼のキャラクターに興味を持ちました。その後ザッキーさんとは何度か会い、私の横浜にぎわい座での公演でステージハンドを手伝ってもらいました。それ以降、彼が就職したため、縁は途絶えました。久しぶりの再会です。

 いろいろ話すうちに、彼はプロになりたいと言います。すぐにも会社を辞めてプロになると言うのです。私は、仲間の岐阜の辻井さんから、彼の評判を聞いています。峯村さんからも聞いています。評判は上々です。そうなら、プロになることを進めるべきかもしれません。然し、彼の話を聞いているうちに少し不安を感じました。

 彼がどこを仕事場にして生きて行こうとしているのかが曖昧だったのです。そこで、「会社を辞める前に、まず半年後位に自主公演をしてみてはどうか」。と話しました。30人程度でも人を集めて、クロースアップから、サロンから、とにかく1時間のショウを演じてみて、そこでアンケートを取って、お客様がどんな反応をしたかを確かめてそれからプロの道を考えてはどうかと言いました。

 すると彼は前向きに公演を考えるようになりました。プランを考えるうちに、ザッキーさんは、自分の持ちネタが少ないことに気付きます。1時間お客様が納得する内容で演技をまとめることが難しいと、気が付いたのです。

 そこで、私は支援する意味で、「1年間基礎指導をするから毎月習いに来なさい」。と言いました。そこに、日向さん、古林一誠さん、などが集まり、毎月一度基礎指導が始まりました。私が弟子に対して行う。ロープや、シルクの指導です。

 こうした稽古はプロ活動をしている人はついつい舐めてかかるのですが、実はとても大切なものなのです。基本がわからないから、応用が思いつかないのです。白い紙をテーブルに置いて、何か新しいアイディアはないかと1年悩んでいても、紙は白紙のままです。オリジナルはほぼ不可能なのです。アレンジこそ自分の手順を生かせるのです。そのためには基礎を積まなければ何も生まれないのです。

 こうして、今日、指導をして、1年が経ちました。実は、2回コロナで休んだ月がありましたから、その分追加して年内いっぱい指導します。途中、私が自主公演している玉ひでの舞台に毎月出てもらっています。多少なりとも観客の反応が理解できて勉強になっていると思います。

 この、基礎指導はだんだん人が増えて、今は8人の集まりになっています。8人が講習後、ディスカッションしながらマジックを考える集会は、実にアカデミックで面白いものです。一人でどうしようか悩んでいも、答えは出ません。人と交わりつつマジックを考えたほうがはるかに有効です。さて、ザッキーさんは自主公演ができるでしょうか。日向さんはこの先自身のなすべき道が見つかるでしょうか。道は遠いとは思いますが、長い目で見て期待しています。

ヒュウガ&ザッキー終わり

衆寡敵に勝つ 2

 今日(30日)は朝から鼓の稽古。その後に前田の稽古を見ます。今日は銀行さんが来たり、大阪のチケットの依頼を受けたり、色々と忙しい一日になるでしょう。

 4日の岡山行きは更に一泊して、5日の帰りになりそうです。久しぶりの岡山ですので、知人の市長さんや、企業の社長さんに合って昼、夜、食事をしたりすると、どうも一泊余計に泊まらなければならなくなりました。私を迎え入れてくれる方々がたくさんいることは幸いです。

 

又も悪法がはびこる 

 東京都が、夜遊びをして感染した人や、クラスターを出したレストランや、劇場に罰則を設けようと言う法案を検討しているそうです。馬鹿な人たちです。せっかく景気が回復しつつある中に、またも水を差して、失業者を出そうとしています。

 何がしたいのですか。感染者もクラスターもみな被害者ではないですか。なぜ被害者を悪人に仕立てて、そこから罰金を取ろうとするのですか。それこそ差別であり、悪法ではありませんか。罰金でコロナを守って、本当に効果がありますか。仮に感染者が減少しても、それによって景気が停滞して、失業者を出して、自殺者が増えたなら、国や、地方自治体は国民の生活を守っていることになるのでしょうか。

 どこの企業も銀行から多大な借金をして、すでにいっぱいいっぱいの状態です。こんな時にまたぞろ、外出禁止令を出して、何か効果が出ますか。これでますます人が出歩かなくなるでしょう。

 

 何度も申し上げますが、毎日何百人感染者が出ようとも、殆どの人は治っているのです。それも大した治療薬もないままみんな風邪薬を飲んで、治っているのです。日本の死者はこれまでで1600人です。肺炎や、インフルエンザで亡くなる人よりもはるかに少ない数です。日本で一年間に餅でのどをつまらせて亡くなった人は1500人。それとほぼ同じです。何を恐れるのですか。

 コロナの危険度は、初めは疫病のランクの第2段階、すなわちエボラ出血熱と同等だったものが、今は5段階、普通の風邪に落ちています。それなら普通の風邪です。

 アメリカやイギリスの死者が多いのは、欧米人はそもそも、中国のウイルスに免疫ができていないからです。逆にアジア人は免疫がありますから死者はどこもわずかです。更にアメリカは人種差別によって、賃金の格差がひどく、病院にも行けない人が多数です。入院できても、保険に加入していない人がまた多数です。保険は民間の企業が行っていて、とても高額です。低所得者には加入できません。保険無しで二週間入院した人に3000万円の治療費請求が来たと言います。3000万円では日本人でも払えません。

 白系のアメリカ人と黒人とを比べると、コロナで亡くなった黒人の数は白系の二倍です。結局人種差別がウイルスを増やしているのです。イギリスも、フランスも似たようなものです。日本のようにすべての人を平等に保険に入れてはいないのです。そんな国と日本は比べられません。

 ただ。日本で問題なのは、風評被害です。テレビ局が煽りすぎたせいで、人は出歩かなくなりました。単なる風邪であるにもかかわらず、人は何事も過大に反応します。

 それが無意味であることこを、政府や地方自治体が真剣に訴えて、「煽り」を規制すべきです。そうしないと人は殻に閉じこもって動こうとしません。このままでは経済は死滅してしまいます。だめになってから騒いでも遅いのです。今は経済活動を守りつつ、コロナに立ち向かう時です。

 

衆寡敵に勝つ 2

 これだけクロースアップが世間に認知されたのなら、そこから優れたプロが出て来てもよさそうです。確かに、前田知洋さんや、藤井あきらさんは世間に認知されました。更に一層、世間の芸能人と肩を並べられるようなプロのクロースアップマジシャンが欲しい所です。

 それには、人として魅力のあるプレイヤーの出現が望まれます。マジックをしなくても、一緒にいて楽しい人、その人のそばにいるだけで何か温かいオーラに包まれるような人、そんな人がクロースアップマジックを演じて欲しいのです。

 テレビに出演する時でも、常にマジックを見せることで出演するのではなく、コメントを求められるために出演したり、他の文化を語るときに解説役で出演するような人が出て欲しいのです。私が求める、クロースアップマジシャンと言うのはそんな人です。

 それには、まず、今やっているマジックを芸能として確立させなけらばなりません。不思議さや、現象だけでお客様を引っ張っていては、常にテレビの中では色物なのです。そこから少し客観的に自分を眺めて、芸能として面白く作られているマジックをしなければなりません。

 「カードを引いてください」。「シャッフルしてください」。と言う段取の喋りばかりではなく、ちゃんとした会話が聞きたいのです。その会話が魅力ある物であってほしいのです。それにはまずマジシャン自身がマジックから離れて、自身の魅力で人を引き付けるようでなければいけません。すなわち芸能人でなければいけません。ミュージシャンも、演劇の俳優も、古典芸能の演技者も、そうした人たちが何に苦しみ、そこから何をつかんで来たのかを知らなければいけません。

 いつまでも、マジックの世界の中だけで認められることに満足せずに、コンテストや、アマチュアの評価ばかり気にせずに、本当の芸能人を目指すべきでしょう。そうなって初めて「衆」の中から飛び出て、「寡」の立場を手に入れ、周囲のマジシャンを超えて見せることになるのではないかと思います。

衆寡敵に勝つ終わり

 

衆寡敵に勝つ

 昨日は10月3日の大阪公演の稽古、その後、荷物を作って大阪に送りました。

 今日(29日)は、10月2日の大阪の指導のために道具と、3日の楽屋の道具を、一つのスーツケースにまとめようと思います。

 その、3日の大阪公演の後、翌日4日に岡山に行って、長らく私を支援してくれている社長さんにお会いして、社長さんの持っている松茸山に行って、松茸を取ってこようと思います。松茸は、山の中腹の、湿度があって水はけのよい傾斜地によく育ちます。この傾斜の山を這うように歩いて松茸を見つけるのはかなりの労働です。私のように日頃歩かないものにはまたとない機会です。一日岡山で遊んで、翌日東京に戻ります。気分転換には最高の遊びです。

 ZAZAもこれで4回目の使用ですので、勝手も分かっています。何とかこの催しが春、秋と出来たらいいと思いますが、現実には、このコロナ騒動で、今回は開催さえも困難でした。お客様もお声がけしてもなかなかお越し願えません。全く話は振り出しです。もう少し安定したマジックファンを作らなければいけません。と、苦労を語っても始まりません。何があっても続けて行く以外ないのです。

 

 衆寡敵に勝つ

人生の成功は少数の側に立つことと申し上げましたが、実際、私のように手妻を演じている者にとって、存在そのものがコアなわけで、20代の頃は、およそこの先、手妻に人の注目が集まる時代が来るとは考えてもいませんでした。私自身は、「これは面白い芸能だから、何とか残したい」。とは思っていましたが、どれほどやっても少数の理解者のための芸能に終わるだろうと考えていました。

 それが手妻や、水芸でお名指しで仕事が来るようになったのは平成以降、30代になってからでした。成功の理由は、一つは水芸を手に入れて、手妻の看板芸が揃ったこと。もう一つは私自身が手妻をどう演じたら、他のマジックとの違いを強調できるのか、と模索し続けた結果、その演じ方、スタイルを確立できたことです。

 昔ながらに口上を言ってのんびり演じることは今の時代は許されません。昔の味わいを残しつつもスピードアップを図らなければいけません。あくまで観客は現代人なのですから。

 手順そのものも、一つ演じては頭を下げていては今の観客は飽きてしまいます。いくつかの作品を有機的につなげ併せて、不思議を凝縮して見せなければなりません。5分の手順なら、その中に起承転結を作って、起伏を持たせないと、余りにあっさりとした演技では今の観客は面白いとは感じないのです。

 こうして改良を加えつつ、出来上がった作品は、全く私が手を加えていないように、二百年も昔からその演じ方でやっていたかのように見えるものに作り変えました。これはある意味当然のことだと思います。

 三百年続く老舗料理屋さんでも、全く昔のままではないはずです。そもそも冷蔵庫を使わないお店はないでしょうし。火力も薪だけで煮炊きすることもないでしょう。料理のアレンジも相当変えているはずです。そうしなければ今に伝統を残すことはできないのです。

 そうしたアレンジや、工夫を加味して、今に通じる演技に仕上げたころに、偶然にも世の中が手妻に着目してくれた。このチャンスこそが大きかったのだと思います。

 しかし今になって思えば、それは偶然ではなく、私のして来た活動が少しずつ理解あるお客様に浸透していった結果なのだと思います。

 少数の立場でいることは、苦しく、つらい日々ですが、そうした中にも、確実に理解者がいて、私のしていることを評価しているお客様がいるものです。初めは静かに愛好家が増えて来ますが、ある時突然、多くの人に認知されます。その時にこなしきれないくらいの仕事が来るようになります。平成元(1989)年はそうした時代でした。

 この時、多くのマジシャンには、「何であんな古い芸が注目されるのだろう」。と意外に思ったことでしょう。しかしそこには理由があるのです。多くのマジシャンはあまりに多くの人が同じことをし過ぎていたのです。そして、自分のしているマジックの古さに気づいていないのです。その古さを改めることなく、これがマジックなんだと、当然のように仕事先に押し付けて演じていたのです。

 衣装も燕尾服や、タキシード着ています。その多くは黒です。5人マジシャンが出たなら、4人までが黒衣装です。彼らは「衆」の中に自分がまぎれていることに気付いていません。むしろ「衆」の中にいることで安心感すら感じています。

 若いのに、ステッキを持って出て来ます。ステッキをアクセサリーにして持って歩いている人はいくら昭和でももういません。鳩が出て、カードが出て、お終いに夫婦で剣刺しをする。そこに何の疑問も感じてはいません。マジックとはこうしたもの。と言う固定観念の中で、確立されたマジシャン像を模倣することで多くのマジシャンが生きていたのです。

 それが、クロースアップマジシャンが出てきたり、超能力者が出てきたり、手妻師が出て来たりすることで、一気にマジシャンのスタイルが崩れたのです。

 つまり、平成以降で稼ぎまくったマジシャンは、従来のマジシャンではなく、マジシャンらしくないマジシャンたちが大当たりしたのです。それは、「寡」が「衆」に勝ったことなのです。

 

 しかしここでよく考えなければいけません。新しいスタイルを作り上げたクロースアップの世界も、既に30年も経って眺めてみると、ある種の型が定着して、そこから抜け出せなくなっています。例えば、クロースアップマジシャンは、不思議を作り出すために必ずカードを出します。そのルールにお客様は少し疲れて来ています。

 そのカードの技法も、多くはお客様に気付かれています。ある時、私は客席に座っていて、全くの素人さんが、アンビシャスカードの全ての技法を事細かに推測していたのを聞いたことがあります。そしてそれはことごとく正解だったのです。

 このお客様がなぜ素人だと言うことがわかったかと言うなら、全く技法の名前を知らなかったのです。ダブルリフトすら、「何枚かのカードを重ねて持っているんだろう」。等と言っているのですから、素人です。然し、その回答は全て正解でした。

 こうしたお客様を相手にこの先もカードを見せるとなると、「この先クロースアップも大変だな」。と、他人事ながら同情してしまいます。まだクロースアップ自体を見慣れていなかった平成初年の時代のお客様は素直でした。然し、この先はどうでしょう。

 にもかかわらず、「衆」の中に紛れて、カードとコインで生きて行くことに疑いを持たないマジシャンは、平成初年の、鳩を出したり、トランプを出して、お終いに夫婦で剣刺し箱をしていたステージマジシャンとどう違いますか。

 無論、この先クロースアップがなくなるわけではありません。然し、クロースアップの優位性は薄れています。その中で、生き残る解決策はなんですか、「お客様にわからない種を見つけること」。なのでしょうか。あなたが「衆」に紛れて活動いること。そこに根本があるのではないですか。あなたが「衆」から離れて成功するためには何をすべきでしょうか。そのことはまた明日お話しします。

衆寡敵に勝つ続く

衆寡大勝す(しゅうかたいしょうす)

 昨日は、学生の、谷水さん、柳沢さん、高木さんの三人が、私の小道具作りのために手伝いに来てくれました。まず、舞台で使う卵を作りました、本物の卵に穴をあけて、中身を抜き取って、「抜き卵」を作ります。

 通常、一遍に30個くらい作ります。まず、中身の抜き取りがかなり面倒です。しかも抜き取った後、熱湯で中を洗浄したり、乾燥させたり、穴に紙を張って完全にふさぐまで、全工程が数時間かかります。

 更に、その卵の中から、いくつか選別して、紙片が扇子の上で徐々に膨らんで、卵に変わる種、「甘皮卵」の製作もします。彼らは、面白がって熱心に手伝ってくれました。いずれも500年以上昔から続いている種の製法です。今ではこの演技をするのも、昔と同じ製法で種を作っているのも、私の一門だけでしょう。

 私の所ではこうした手作りの種は多いのです。サムタイの紐もそうですし、紙吹雪も、水中発火の種も手作りです。私の弟子は皆種の製法から学びます。市販の道具はありません。

 単にマジックを演じるだけでなく、その種の作り方から指導してゆくのが昔からのやり方です。弟子も初めは手内職みたいな仕事を嫌がりますが、それを学べば、誰とも違った芸が手に入るわけですから。やがて製作する価値に気づきます。人と同じことをしていては成功はないのです。すなわちプロとして生きることがどういうことかが分かって来るのです。こうして演技だけでなく、その周辺まで、全て教えることで手妻は数百年受け継がれて来たのです。

 

又も予知の話

 今年の5月に地震が来るかもしれないとブログに書いて、実際、ほとんど何も起こらなかったので私の予知は外れました。私は夢で、死んだ人が出て来て、私に何かを語ろうとしたときに、大きな事件が起きることが多い。と言う経験を持っています。

 5月には、3人の人が現れました。然しその人たちは亡くなってはいなかったのです。でも、もしかしてその人がなくなると災害の予知につながる可能性があります。然し、亡くなることもなく、地震も来ませんでした。

 

 それが今月、4日前の明け方、夢に私の父が現れました。父と私は生前仲が良かったのですが、それでもこれまで父が夢に出て来ることはありませんでした。それが現れたのです。但し、父であるかどうか判然としません。薄暗い中で後ろを向いていて、寝室の時計を見ている人がいたのです。つまり後ろ向きなのです。それなら誰だかわからないはずですが、咄嗟に私は父だと思いました。なぜそう思ったのかはわかりません。父は只立って、後ろ向きで時計を見上げていたのです。夢はそれだけでした。

 さぁ、これが大災害に結びつくものかどうかはわかりません。いい加減なことを言って外れたら人騒がせです。ただ、私の今までの経験からすると、亡くなった人が夢に出た後、7日から10日の間に何か大きな災害が起きます。

 だとすると、10月1日から、4日くらいの間に何かが起こる可能性があります。何も起こらなければ幸いです。もし何かあったら気を付けてください。飲料水などを溜めておいてください。蝋燭、懐中電灯、消火器、カセットコンロなど用意しておいてください。毎度お騒がせして申し訳ありませんが、万が一に備えておくことは必要です。

 

衆寡大勝す

 ことわざで、衆寡敵せず。と言う言葉があります。衆とは大勢のこと、寡とは少数のこと。少数は大勢には勝てないと言う意味です。確かに戦争などでは軍の数が大勢を決めるでしょう。まともに戦えば少数の負けです。

 しかし人生ではむしろ逆に作用します。ある時期まで少数でいた人たちが次の時代に突然ヒーローになります。私はこれまでいくつもの逆転劇を見ています。身近なところではクロースアップマジックがそうでした。30年前までは、クロースアップマジックで生計を立てている人はほとんどいなかったのです。

 勿論プレイヤーはいましたが、殆どかすかすの生活だったのです。それがある時期に急激にクロースアップが認知され、それに連れて仕事が増え、それまでのステージマジシャンと立場が入れ替わり、大活躍するようになりました。

 前田知洋さんなどがその先頭を走った人でしょう。無論、前田さん以前にもたくさんのクロースアップマジシャンはいたのですが、あまり大きく認められてはいなかったのです。それがひとたびクロースアップが評価されると、たちまち日本中にクロースアップのプレイヤーが増えました。

 その昔、日本のプロマジシャンは長いこと200人程度で推移していたのですが、日本中にクロースアップマジックが普及して、各都市のレストランや、バーなどでクロースアップを見せる人が増えると、プロマジシャンの人口が一気に2000人くらいに増えました。10倍です。それに反比例して、ステージマジシャンは減少して行きました。

 しかしこのままステージマジックは消滅するでしょうか。私は、ここが人生の先を読めるかどうかの岐路であると考えます。つまり、20年前にステージマジックに変わってクロースアップが出てきたときに、当時少数派であったクロースマジックに突然光が差したのです。なぜ光が差したのかははっきりしません。後付けすれば幾らでも理由は見つかるでしょう。

 とにかく、衆であるステージマジシャンが、寡であるクロースアップと入れ替わったのです。それはクロースアップにとっては素晴らしいことです。然し、ここへきてどうでしょう。ネットやDVDなどで安易にクロースアップマジックを覚えた人たちが、近場のレストランなどで小銭稼ぎをするようになり、クロースアップの価値はガタガタに下がってはいませんか。

 なおかつこのコロナの影響です。コロナは少し増え過ぎたクロースアップの演者を、大きく減らす結果になるでしょう。無論技量のある人は何とかしのいで生き残るはずです。また、この機会に基礎から学び直す人も出ると思います。そうした状況下で、辞めて行く人、生き残った人が選別された後、私は、プロの世界に本当のプロのクロースアップマジシャンが出て来るのだと思います。

 今私は、「本当のクロースアップマジシャン」と申し上げましたが、私は、今までで、クロースアップを見て、他の芸能に匹敵するだけの楽しいショウを見たことがほとんどないのです。無論、不思議な人、うまい人はいます。しかし他の芸能に匹敵する優れた芸能芸術としてのクロースアップは未だ見ていないのです。

 それが見られるのは、コロナ騒ぎが去った後でしょうか。そのとき、衆寡は大勝するのでしょうか、いやいや、或いは、長く低迷していたステージマジックが息を吹き返し、クロースアップをしのぎ、再度、衆寡入れ替わるのかもしれません。何にしてもチャンスは少数にあります。自分自身が少数の中にいることは人生のチャンスなのです。

続く

 

知ると知識は違います 3

 昨日26日は日本舞踊のお浚い会でした。私としてはかなり気持ちを集中させて会に挑んだのですが、3か所ほど手が飛んでしまいました。そしていつものごとくその場で創作してしまいました。私の踊りが、どんどん勝手な振り付けになって行くのを脇で章吾先生が見ていて、爆笑しています。

 私は私で「あぁ、またやってしまった」。間違いを間違いに見せず、その場で創作するのは私の得意芸なのですが。途中からどうやって元の手に戻すかで頭の中がパニックです。頭の中で必死に考えて、何とか踊りをつなげて終わりましたが、終わった後もしっくりしません。もっとちゃんとしっかり踊らなければいけません。と反省しつつ毎回不出来な踊りの会をしています。

 この前のNHKの取材でも、「藤山さんの踊りは巧いですか」。と言う質問に、章吾先生が、「藤山さんは、失敗してもその場で手を作ってしまって、流れが止まらずに、失敗に見せないのがすごい」。と言っていましたが、それは公共放送で褒めてもらえるような話ではありません。結局私は幾つになっても芸の到達点には立てません。

 

知ると知識は違います。

 私が20代の頃、アメリカでレクチュアーをして回っているときに、クリーブランドのマジッククラブで会場に早くついて、セットを済ませると、既に参加者ががかなりの数集まっていました、レクチュアー開始までにはまだ1時間以上あります。

 そこで、私がいくつかのマジックを見せました。多くは天海のハンドリングでした。シルクバニッシュや、5枚カード、紐抜け等です。私は何気に見せただけなのですが、これが会場が騒然となり、終わった後も、もう一度、もう一度とアンコールが続きました。私は種明かしはせずに、今見せたマジックを前よりもゆっくり演じて見せました。するともさっきよりもすごい拍手です。その後レクチュアーをして、全てが終わった時に、ある中年の紳士が、子供を二人連れて来ました。

 「新太郎、申し訳ないが、この子は私の所でマジックを習っている生徒なんだけど、さっきのあなたの演技があまりにすばらしかったので、今、彼らを呼んできたんだ。誠に申し訳ないが、もう一度さっきの5枚カードとロープとシルクを見せて下さい」。

 そう言うと、会場の参加者も、拍手をしてくれて、みんな席について、再々私の演技を見ようとします。勧められるままに演技を見せると、すごい拍手です。そこで私はこう言いました。

 「これは天海石田のハンドリングを私なりにアレンジしたものです。元をただせば、天海が1920年代にアメリカに渡って、当時のアメリカのマジシャンにレッスン料を支払って習い覚えたものです。元となる考え方はアメリカや、ヨーロッパにあったマジックだと思います。それを私が受け継いでここでお見せしただけです」。

 すると、指導家は言いました。「悲しいことですが、今のアメリカにはこうした優れたアイディアが残っていません。多くのプロマジシャンは、ゴムの鳩を出したり、紐に魚をぶら下げた三択の当てもので笑いを取る人たちばかりです。マジックが笑いの種になっているのです。本気になって、技の蓄積を見せる人がいないのです。恥ずかしい話ですが、私自身も、指導をしていますが、これほど内容の深いマジックを教えたことはありません。もしよかったら数日でもクリーブランドに残って、有志にあなたのマジックを教えてくれませんか」。

 私はこの申し出は嬉しかったのですが、明日には次のレクチュアー会場に行かなければなりません。やむなくお断りしました。実際アメリカではビデオや、DVDでマジックを学ぶ人が増え、それにつれて、マジックの蓄積、味わい、意味を伝える人がいなくなってゆきます。一方、習うほうも、DVDで語っていることがマジックの全てなんだと勘違いして、マジックを舐めてかかるようになります。

 演技の一つ一つを細かく見れば、決して昨日今日出来た手順でないことは明らかです。多くの先人が悩んで解決したハンドリングのオンパレードです。たった一つの部分ですら、50年前、百年前の考え方が今も継承されています。然し、それらは無視されてゆきます。目の前で見たなら、とても味わい深い手順も、答えを先に知ったDVDの解説の中では無味乾燥した古臭い演技に見えてしまいます。

 そうして過去を否定して、安く、手軽に、たくさんのマジックが習えるようになった結果。アメリカのアマチュアマジシャンは大きく愛好家を減らしています。そしてそこからプロマジシャンが出て来ません。アメリカから優れたマジシャンが出なくなって、もう20年以上もたちます。かつてのクリーブランドのマジック指導家の杞憂は現実となり、アメリカの衰退はもう救いのない所に来ています。

 私は、20代にアメリカでレクチュアー旅行をしました。結果は、面白いように儲かりました。然し、28歳でそれをやめました。以後10年間アメリカにもヨーロッパにもいきませんでした。私のようなタイプの人間は、どんな仕事をしていてもそこから金儲けの種を見つけ出すのが巧いのです。でも、それは結果として才能の切り売りです。これを続けても、50歳になった時に、指導の権威者にはなれません。自分の知っていることを知らない人に小売りしているだけなのです。

 自分自身が芸能芸術の中で生きたいと望むのなら、今自分が知っていることをもっと発展させて、知っていることを知識に発展させて、自分の世界を作って行かなければいけないのです。そのために最大限の時間を使うことが大事なのです。

 クリーブランドのアマチュアさんは純粋で、素晴らしいマジック愛好家たちです。しかし、私がそこに残って、一年、二年と指導すれば、私はクリーブランドのアマチュアマジック界では権威者になれますが、お山の大将で終わってしまいます。その道は自身の選択としては最悪のものです。

 

 ところで、アメリカの衰退を40年前に見て、今の日本の奇術界を見ると、日本の多くの若い人は韓国のマジックを追いかけています。私が見る限り韓国のマジックは知識の蓄積が浅く、自分で作った不思議の羅列を繰り返しているばかりで、どれもプロとして成功している人のようには見えません。歴史も、深い旨味も感じません。しかし多くの日本人はそれを追いかけます。

 何やら、今の日本は、40年前のアメリカを見るようです。明らかに衰退が進行しています。日本人は、日本のマジックの歴史が持っている蓄積の厚みに気づくべきだと思いますが、私の考え方が今に通用するでしょうか。私は知ることだけで満足している人たちを助けることはできません。今やマジックは底の浅い遊びに落ちてしまいました。既にアマチュアのおもちゃになっています。それが日本人の望んだマジックなのでしょうか。

知ると知識は違います。終わり